取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 犬神佐兵衛翁、遺言状にこめた真実の愛 〜「犬神家の一族」

<<   作成日時 : 2007/05/05 00:56   >>

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「犬神家の一族」の原作を今読み終えた。

この原作は25年位前、それ以上かな、一度読んでいるのだが全くその内容を忘れていた。
ほとんど初めて読む感覚である。

私の中で「犬神家の一族」といえば角川映画・市川版(1976年版)であった。

当然、市川版は全てが原作通りではない。しかし、かなり原作に近く描いてある点にあらためた驚いた。
そして、やはり原作は深いと思った。と同時に市川版のその核をしっかりともった独自の描きかたの秀逸さをあらためて認識した。


まず、原作を読み読み直して、読み終えて、一番の衝撃は佐兵衛翁のその至上の愛のとてつもない大きさ、深さである。
至上の愛、それは当然、佐兵衛翁がその生涯でただ1人愛した女性、野々宮春世への愛である。


私は今まで散々「犬神家の一族」についての記事を書いてきた。つい先日も原作を読んでいる途中で一つ書いた。

参照 
    『犬神佐兵衛翁の怨念 〜「犬神家の一族」』
      http://toridestory.at.webry.info/200609/article_72.html

    『『血と狂気に彩られた至上の愛−』〜「犬神家の一族」・・・』
      http://toridestory.at.webry.info/200610/article_6.html

    『「犬神家の一族」に見る金田一耕助の真実』
      http://toridestory.at.webry.info/200610/article_8.html

    『「犬神家の一族」(2006年版) 贅沢なリメイク版・・・ 』
      http://toridestory.at.webry.info/200612/article_15.html

    『市川崑の金田一耕助 〜「犬神家の一族」(2006) 天使のような風来坊』
      http://toridestory.at.webry.info/200612/article_20.html

    『市川崑の金田一耕助 〜「金田一です。」(石坂浩二著) 天使のような風来坊2』
      http://toridestory.at.webry.info/200701/article_1.html

    『金田一耕助、そのヒューマニズム・・・。』
      http://toridestory.at.webry.info/200701/article_9.html

    『市川崑の金田一耕助  登場人物の素朴さ・・・ 2 』
      http://toridestory.at.webry.info/200701/article_10.html

    『「犬神家の一族」〜犬神佐兵衛翁の想念』
      http://toridestory.at.webry.info/200704/article_14.html


これだけの記事を書いていながら、私の中には市川版(とくにリメイクとの記述がない限り、ここでの市川版は76年のオリジナルを指します)で本日まで疑問があった。

それは佐兵衛翁の青沼菊乃への愛である。何故、佐兵衛翁は菊乃を愛したのか。いや、愛するのは構わない。なぜ、3種の家宝を渡したのか。何故そこまでの想いをよせたのか。
原作を読んだ方は当然、その理由が分かっている。しかし、市川版がその基本にある、原作を忘れている私にはここが最大の謎であった。

佐兵衛翁がその生涯で愛した女性は春世ただ一人。こう書きつづけていながら、菊乃のことも当然記述している。その都度、厳密には2人の女性を愛したが佐兵衛翁の想いの深さから、遺言状から、生涯では春世だた一人と言ってよいと記述してきた。
そして、菊乃へ想いをよせた佐兵衛翁の心情には詳しく触れずにきた。不明だったからである。
しかし、記事にしないながらも私は自分では以下のように思っていた。まず、原作を読み直し始めるまでは、

佐兵衛翁は安らぎがほしかったのではないかと。彼は春世への愛、これが世間では許されない不貞の愛であることに元来真面目な性格である為に、そしてその想いがあまりに深い為に悩み苦しむ。春代への至上の愛、それから生まれる生涯通そうとする律儀な忠義心。
その苦しみから、佐兵衛翁はゆがんだ感情を性的、女性に対して持ち続ける。そのゆがんだ感情が憎しみ、怨念に転じてゆく。
そのような生活の中で、50を過ぎて疲れ、安らぎを求めたのだと想像していた。そして、さらに菊乃に春世の面影をみたというような記述が原作にはあるのではないかとも思っていた。
そして、その安らぎによって、一時は我が子に犬神家をつがせようとしたと思っていた。
我が子だから一般的に考えて、心情的にも当然一番想いが強い。だた、私は違和感をもっていた。
それで、その生涯で愛した女は野々宮春代だた1人? 至上の愛?と。

しかし、こうしか私には理解できなかった。長い間ずっと、このように考えていた。


そして、先日原作を読み始めて、最初の頃のある文を読んで考えが変わった。これが理由だと思った。

>(養子にむかえた夫)養子と祝子のあいだには、長いあいだ子がなかったが、結婚後十数年たった、大正十三年にはじめて女の子が生まれた。それが珠世である。

これだっと思った。
佐兵衛翁は、実の娘・祝子の子供、つまり孫を待っていたのだと。
原作では野々宮大弐の死語、祝子に養子をむかえ、那須神社の神官をつがせたのは佐兵衛翁の斡旋とある。佐兵衛翁は春代と自分との血筋、それを、つまり春代をやはり第一に想っていたのである。それにこだわったいた。
しかし、祝子は結婚後、十数年たっても子供ができない。
そこで、50を過ぎた佐兵衛翁は今が自分でも限界だと思ったのだ。孫ができない以上、春世への愛は持ちつつも、あの愛情もない妾の子供、3人娘に犬神家を渡すつもりはない。自分の子供につがせようと。そして、上記同様、菊乃には春代ににているところがあり、彼女を愛したと。こらがその理由だったのだと思った。

しかし、さらに原作を読みすすめた私は衝撃を受けた。原作にはいくつか衝撃をうけたのだが、これが一番の衝撃であった。

>菊乃という婦人は珠世さんの祖母にあたる春世さん、・・・・その春世さんのいとこの子なんですよ

この犬神家の広間で、一族・関係者を前に古館弁護士が言ったこのせりふ。
菊乃は春世さんの血縁のただ一人の生き残りであったのだ。

私は言葉を失った・・・。
何という・・・。
市川版ではこれは分からない。
佐兵衛翁の春世への愛の深さ、これだ、これが正に至上の愛。これほど、春世の血にこだわっていようとは・・・。これほど春世を愛していようとは・・・・。
自分がその生涯で愛したただ一人の女性、野々宮春世、その春世の身体に流れる血をこれほどまでに自分の血筋にほっしていたとは。いや、その血に自分の血をくわえ、それに犬神をつがせることしか考えていなかったとは。春世に対するその想い、なんとしてもその血を犬神の跡取りにするという、現実のものにするんだという深い想い。正しく想念。

私は佐兵衛翁の想いを甘くみていた。これほど重く、深いとは。まさしく至上の愛。

そして、私は今回原作を読み直して、佐兵衛翁の想いに関して以前と違う感想をもった。私は今まで、佐兵衛翁の感情は怨念が大きくしめていると思っていた。核はあくまで、春世への愛である。なぜなら怨念はこの愛から転じたものであるから。その核にある愛によって珠世へ継がせたいものの、怨念が、あまりにも深く、大きな怨念がその後押しをし、遺言状もその深い怨念が込められたものだと感じていた。それにより、松子婦人の最期のセリフも、父の望む結果になったのだから、あまりに大きい怨念がこめられた遺言状から珠世を解放してやれとの意味であると感じていた。

しかし、今回原作を読み直して、私は違うことを感じた。他の方はどうかは分からない。しかし、私は強い衝撃とともに感じた。佐兵衛翁の真の想い、遺言状で一番に込められている想い、それは愛、核となる愛そのものだと。つまり上記した想念。これが佐兵衛翁の気持ちで一番を占めている感情であると。

そして、愛から転じた怨念。当然その感情もあります。遺言上にはその怨念による自分の死と共にに迎える3人娘の自己崩壊の念をこめています。しかし、それも全ては、春世への愛から・・・。
そう、これが血と狂気に彩られた至上の愛、その真実。

佐兵衛翁は、春世への愛を貫くために、同時に3人の妾をもったのも彼女達の醜い嫉妬や葛藤を熟視し、3人を軽蔑しつづける為。佐兵衛翁はそうすることで愛情をもつこと恐れ、警戒した。
そして3人娘はの憎しみ。これも愛から。つまり、その生涯でただ一人愛した女性、春世との間にうまれた祝子。彼女こそが佐兵衛翁の長女。佐兵衛翁はとてつもなく彼女を愛した。
>それにもかかわらず、翁は祝子をわが子とよぶことができなかった。犬神家がしだいに反映していくにもかかわらず、祝子はいつまでも貧しい那須神社の神官の子として残らねばならなかった。
この為に、この不公平さの為に、佐兵衛翁は3人娘に愛情をもつことができなかった。そして恨んだ。

>その生涯を日陰の花として送った春世、さらに、犬神佐兵衛翁の長女の生まれながら、貧しい神官の妻としておわった祝子・・・

これが、深い愛が原因にあるこの想い、これが佐兵衛翁の怨念になり、そしてそれを上回るおおきな想い、なにがなんでも春世と自分の血をうけついだ子に犬神家を相続させるという想念になった。


小説で、仮の話をするのはナンセンスだが、もし菊乃を正妻として迎え、静間が犬神家の嫡男となっていても、その後に生まれた珠世に、自分と春世の孫に、財産を有利にあたえていたであろう。


上記の通り、佐兵衛翁の遺言状、私はいままでこの遺言状には愛から転じた怨念、当然珠世に継がせたいという愛、想いが元にあり、それから転じた怨念が書かせた遺言状であると思っていた。
それは違っていた。
この遺言状には佐兵衛翁の深い愛そのもの、大きな想念が第一にあり、その次ぎに怨念がこめられていたのである。想念が叶わなかった場合の恐ろしく深い怨念が(厳密にいえばこの怨念も、つまり自分の呪縛にとらわれた犬神の自己崩壊、これも想念であるのだが、あえて私的に使い分けさせてもらう)。


私は佐兵衛翁の愛、その想念に気がつかなかった。これは前回の記事
  『「犬神家の一族」〜犬神佐兵衛翁の想念』
    http://toridestory.at.webry.info/200704/article_14.html にも記述した。

佐兵衛翁がまだ子供の珠世にあげた懐中時計。それに関するエピソード部分での原作の以下の文、

佐兵衛翁は珠世が気にいっていたので懐中時計を譲った。そして、男ものだから大人になってからは持つことができないよ。しかし、そうだ、おまえのお婿さんになる人にあげればよいと言う。そして、珠世はそれを大事にしながらも何分子供ゆえ故障させてしまうことがしばしばあった。そんなときいつも手先が器用な佐清が修理してくれたのである。そしてその時のエピソード。

>(この)エピソードのあったのは、おそらく珠世がセーラー服の小学生、佐清が金ボタンの中学生の時分のことであろう。その自分、雛のように美しい、この一対のあいだに、どういう感情が交流していたことだろうか。そしてまた、このふたりを見る佐兵衛翁の胸中には、いったいどのような構想がやどったことか。

ここが、原作を読んでの二番目に大きな衝撃であった。

これが佐兵衛翁の本当の想い、実現させたい想念であったのだと。そして、その衝撃から前回の記事を書いた。
佐兵衛翁は自分がおこなった、真に愛する人への愛を貫くこと、これを珠世にも感じたのではないだろうか。彼女が成長し、強い女性になるにつれて・・・・より強く・・・・。
しかし、その記事の中にもはやくも間違いがあった。

>市川版には原作のように佐兵衛翁の想いをはっきりと表現はしていない。

ここである。
前回の記事で私はこう記述した。これはセリフで表現していないという意味である。その代わりに佐兵衛翁の春世への愛と珠世の佐清への愛を重ねた、その描写によって佐兵衛翁の想いを伝えていたと記述した。これは違った。
佐兵衛翁のこの想い、真の願い、想念ははっきりと表現されていた。
私はあるセリフの存在を前回の記事の記述時に忘れたいた。

そのセリフは2度、金田一耕助が口にする。
まず中盤、古館弁護士に、

『一連の殺人事件は。佐兵衛翁がやらせているような気がしてならないんですがねぇ・・・』

そして、終盤、松子婦人に、

『僕はこうおもうんです。貴方は佐兵衛翁の望んだことを貴方の手で実行してしまったんですね。』

このセリフ、私は佐兵衛翁が自分への恨みを利用して、松子にやらせていると、つまり怨念のなせる業だと思っていた。
ところが原作を読んで、佐兵衛翁の真の想いは、松子を動かしたものは、怨念を逆手にとったものではなく、上記のような純粋な佐兵衛翁の願い、とても深い愛情の中、やさしい眼差しでみた中での幼い珠世と佐清の姿、その感情の交流。これが松子を動かした佐兵衛翁の想いであったのである。怨念でなく、想念。私はそう感じた。

私は自分で何度も記述しながら肝心なところで忘れていた。
怨念、それは至上の愛から転じたものであったことを・・・。

3人娘には佐兵衛翁は怨念を当然もっていた。自分の呪縛の中にある一族の者には愛はなかった。しかし、こと珠世に関することには怨念は全く存在しない。

この金田一耕助のセリフ、これは原作にはない。市川版独自のものである。
まさにこれで市川版は佐兵衛翁の想念を表現していたのである。
私は、怨念へとしか結びつけていなかった・・・・。

この市川版独自のこのセリフ。私は今だから言うが、疑問が実はあった。
松子婦人の最後の殺し、犠牲者は静馬である。
佐兵衛翁の実の息子である。これは佐兵衛翁は望まないであろうと。
まあ、中盤で、最後の殺人の前に一度はくセリフなので、最後の殺人にはこのセリフはかかっていないのか・・・・。
いや、本当にそうなのか。これについては後述する。

そして、最後の殺人にはもうひとつ、今だからぶっちゃけるが、見立てにはなっていない。
原作はきちんとなっている。しかし、市川版はキーワードそのものが凶器となっている・・・・。
厳密にいうと、画では描写しているのだが、その見立てを気づかず、斧が凶器で三種の家宝の呪いを完成させたと警察署長の台詞ではき、金田一もこれについては何もいわない。
これは実は以前から不満というか、原作はどうなのであろうかとずっと思っていた部分であった・・・。



原作には矛盾はない。
そして、さすがに奥が深い。
私が第三に衝撃を受けた点。それは松子の琴の師匠の件である。あえて記述はしないが、これも衝撃だった。こうくるか!横溝正史!と。

そして他にも原作と市川版では違う点がけっこうあるが、もうひとつ、市川版と原作で大きく違いを感じたのは、松子婦人のキャラである。
原作のが市川版よりもさらに強烈に強い印象をうける。市川版では泣き崩れたりするシーンがあり、また、
『何かが起こる時、私は私自身を失ってしまう。私以外の何かが私を動かす・・・』
と、佐兵衛翁の想念に動かされる描写をしているが、原作の松子にそのような描写は、取り乱し、泣き崩れる描写は一切ない。自分の意志で決め、決して人の言うことをきくような人物ではない。今回の殺人も松子婦人の意志で、自分の為にやったのであろう。それが結局は・・・。
そして、殺人鬼となりながらも、犬神家の長女としての自覚も示す。原作で最後に松子が珠世に、2人の妹達のことを思って、つまり佐智と小夜子の生まれてくる子供のことについてはくセリフ。私はこれには驚き、そして映画で描写してほしかったとその時は思った。しかし、すぐに市川版の松子の場合は、やはり描写しないほうがいいと思い直した・・・。

そして、終盤、松子に関するシーンで、金田一がひとりで松子婦人を訪ねるシーンが市川版にある。金田一耕助が松子婦人と対峙し、その推理を話し、あのセリフを言うシーン。

『犯人はあなたですね。』

私は非常に好きなシーンなのだが、この金田一がひとり松子婦人と対峙する描写これは原作にはない。原作では場所は同じ犬神家の広間だが、関係者全員が集まる謎ときの場まで金田一は自分の推理を明かすことをしない。さすが、そのヒューマニズム通りである。

話を戻すが、市川版ではここで金田一が松子婦人に珠世の素性を告げる。
すると松子は、それに驚き、
『珠代が野々宮家の孫じゃなかったなんて!』
と崩れ落ちる。

ここも私は、松子は佐兵衛翁の怨念にしてやられたと、これが自分を動かす何かだったのだと、佐兵衛望みを叶える為の呪縛、怨念によるもの、そのように理解していた。
これは市川版はそのように描いているのだろう。
それが松子の最期のセリフ、

『佐清、珠世さんを父の怨念から解いておやり・・・・』

しかし、そうなのか。
私は今は、原作を読んで上記に書いたように、佐兵衛翁のその真の願い、想念を知った時に、違うことを感じる。
なぜああも松子は泣き崩れたのか・・・。
松子はそれまで、遺言状は、珠世に財産・事業がゆずられるのは恩人である野々宮家、野々宮大弐への報恩というのは後付理由で、本当の理由は自分達へ継がせたくないとの佐兵衛翁の恨み、怨念だと思っていた。
ところが、珠世は佐兵衛翁の実の孫であった。その時松子は、佐兵衛翁の真の望みを、叶えてしまった。金田一の発言の意味を悟った。佐兵衛翁は遺言状に怨念だけをこめたのではなかったと。自分の真の想いを第一にこめたのだと。そして、自分達への想いは怨念でさえも2番目だったのだと思ったのでは・・・・。

考え過ぎかもしれない。しかし、原作を読んだ今、私はそのように感じてしまう。
そして、市川版のセリフは間違った思いながら好きで、その方が呪縛にとらわれた松子らしいと思っていた。しかし・・・。
彼女は、佐兵衛翁の、父の真の想いを知ったのでないだろうか。そして、最後には全てを終え、全てを知った時には、佐兵衛の呪縛からは解かれていたのでは。そして確実に自分の意志でその最期をむかえたのでは・・・。
そして、珠世に対する発言でもある以上やはり・・・、市川監督は何故変えたか、その真意は私にはわからない、しかし、この点だけはリメイク版のが、前回の真の意味であるに加えて上記の理由からあっているように思う。

『佐清、珠世さんを父の想念から解いておやり・・・』



そして、この事件はある意味、佐清が引き起こした。
佐清は他のいとこ達と違い、佐兵衛翁の美貌をうけつぎ、性格もうけついでいる。佐兵衛翁は春世への愛が不貞の愛であることに、悩む。それは彼が真面目である為。春世への愛が深ければ深い程、その苦しみも大きくなる。そしてその深く重い苦悩が、ゆがんだ感情を生んだのであって、根は真面目である。原作で、事業においても、公人としても彼は立派な人格なのである。そんな血を佐清は強く受け継いだ。そこに珠世は惹かれたのだろうが、要はその生真面目さというか、純真さが原因になる。
復員時、偽名をつかった点、そして静馬とこっそり入れ替わろうとした点。
佐清は佐兵衛翁から青沼親子についてきかされていた。そして彼の性格から同情し、告発することができなかった。更に原作では、佐清は隠密のうちに入れ替わりをし、静馬にはそれ相応の財産をあたえようとしていたのである。静馬、彼も母の復讐心から恐ろしい行動をとるがそれ以外は常識のある、優しい青年であった。そして、彼ら2人は顔が似ていたとある。私はどちらも佐兵衛翁の血を強く受け継いだのであろうと思う。そして、佐清が名乗り出ないことで松子婦人は殺人を決行してしまう。
私には結局、ここにも佐兵衛翁が影響しているように感じる。

更には、原作でだが、静馬は佐清の代わりに珠世と結婚して犬神家を継いでしまおうとするのだが、珠世が春世の孫、つまり佐兵衛翁の実の孫と知り、結婚出来なくなってしまう。つまり、叔父と姪になるのだから・・・。根がやはり真面目な彼にはできなかった。
私はここを読んだ時に、衝撃というよりは恐ろしさを感じた。
これも遺言状の為である。いかに犬神家総本家の長男でも、珠世と結婚できなければ継げないのである。これは現実としてどうしようもないことである。私の明らかに考えすぎというか、無理な思いであるのは、思いこみのはげしさからきているのは承知している。
佐兵衛翁は静馬が佐清になりすました犬神家を継ごうと、乗っ取ろうとすることなどもちろん想定していなかったし、珠世にしてもあれは偽物の佐清だとわかっていた。静馬が求婚しても珠世は応じなかったであろう。さらには、佐兵衛翁とすれば許されるのであれば珠世と静馬が結婚することを一番望んだかもしれない・・・・。そして、私は、その部分に来る前に2人は叔父と姪の関係になることは当然しっていた。それでも原作でここの部分を読んだ時に、上記のように恐ろしさを感じてしまった・・・。
これも佐兵衛翁の想念なのだと・・・・・。
佐兵衛翁は実の息子であろうと、自分と春世の血、その濃さを優先したのだから・・・。

ここで上記の点、佐兵衛翁は感情的には珠世と静馬に一緒になって貰いたかったかもしれない。しかし、明らかに佐兵衛翁は珠世を完全に優先している。珠世の幸せを考えた場合、あの静馬の顔では、そして、珠世の想いを知る佐兵衛翁は・・・。
静馬は結婚できないことでジレンマに陥る。そして耐えきれず松子に本当のことを告げてしまい、殺害されてしまう・・・。
先述の通り、佐清は純真な男で、静馬に財産をわけてやろうと思っていた。珠世も真相をしれば反対しなかったであろう。いや彼女自身の意志でそうしたかもしれない。しかし、佐兵衛翁の意志、望みは遺言状通り、珠世が継ぐ場合は彼女への全財産・事業件の譲渡である。
やはり、静馬の存在は珠世にとって邪魔だったといえる。佐兵衛翁の本意ではないながらも、静馬の死、それは結局は佐兵衛翁の望んだことだったのかもしれない・・・・。


あと原作には、松子婦人に問われて、珠世が佐清を夫とすることを了承するやりとりがあったその後、金田一耕助が古館弁護士に耳打ちしてある出来事が描かれる。私はこれは映画で描いてほしかった。そう思う。


さて、市川版だが最初に記述したように、原作を読み終えた後でも、いや読んだあとだからこそ、多少の疑問を感じようとも、その秀逸さを再認識した。
後半は独自の展開がけっこう描かれるがこれが実にいい。

その前にひとつ、疑問がある。
市川版では犬神製薬の躍進の秘密が描かれる。これは原作にはない。市川監督はなぜこの設定をえがいたのか。犬神製薬は戦争の度に躍進をとげる。戦争の裏でおこる闇の部分、悪の部分を描きたかったのだろうか、これが監督のある種の反戦への思いなのだろうか・・・・。
金田一が那須ホテルの窓からの景色をみてはくセリフが頭に浮かぶ、
『国敗れて山河あり か・・・。』
佐兵衛翁は至上の愛から、悩み苦しみ、恐ろしいまでのゆがんだ感情を抱く。市川版ではその感情があらゆる欲望へと転化していったとしている。その一つとして犬神製薬の躍進の秘密を描いたのであろうか。春世への愛が深ければ深いほど、佐兵衛翁は苦しみも大きくなった。つまりはその愛の深さを描きたかったのか・・・・。

ただ、やはり市川版からは佐兵衛翁の悪の部分、それも至上に愛の苦悩が、金、権力、女などありとあらゆる欲望へ転じ、貪り、掘り尽くした訳だが、その為の怨念を強く感じてしまう。
金田一のセリフにもある。
『(佐兵衛翁の欲望)その為に踏みつぶされていった人達は少なくない。菊乃さんも、松子さん達の母親達も・・・』
菊乃も所詮・・・・。
このように描いている。
犬神製薬躍進の秘密や菊乃の描き方がこのようにある為に、やはり市川版からは・・・・。
その為に原作が非常にショックだったわけだが・・・。

話を戻すが、それでも、市川版、映像作品として非常に魅力あるものである。きちんと核は押さえつつ、さすが、映像職人の市川監督。映像作品として引き立つように、引き込まれるように制作している。あらためてそう思う。
最後の斧の殺人だが、上記のように見立てにはなっていない。シャクなどとの戦いもあるのだろうが、単純化することで、画的には非常に映える描写になっている。そのあとの死体の件も。

そして何より、金田一耕助の描写。
市川版で金田一は原作よりはるかに活躍する。厳密にいうと、みずから精力的に行動する。
当然ながら主役として、その行動を魅力ある描き方をしている。
先述の通り、原作はあいかわらずヒューマニズム全開の行動である。そして、金田一が動かずに、周りから情報を得る部分が多い。しかし、市川版では上記の松子婦人とふたりきりで対峙するシーンを始め、珠世がのっていたボートの穴を自分で気がついたり、那須神社へ自ら珠世の素性を確かめに行ったり、琴の師匠を訪ねたり、自ら動いて証言を聞き出す。また松子の親を登場させ、そこへも金田一が訪ねていくあたりはその彼の確証を得る為の調査の綿密さ描いており、非常に市川監督の金田一のイメージが強く感じられる部分である。そして、以降の作品にも引き継がれる行動でもある。

金田一の洞察力を、そして犬神家の闇の部分をも深くえぐり出してゆくその探偵力、それを原作以上に表面で描写する。
佐清が旅館柏屋へ顔を隠して現れたことも自分でつきとめ、その時に、
『顔を隠した男がふたり・・・』
とつぶやいたりする。
市川監督は本当にミステリーを愛し、熟知すると同時に、横溝作品にもそうであり、映像職人であると感じる描き方をする。
ここが市川版の魅力であり、私がある意味、原作以上に好きな部分であり、金田一ばかりを、謎を解く側ばかりを見てしまう原因なのである。


そして、私が最大の魅力を感じるあのシーン。松子婦人の最期。
原作では以下のように書かれている。

>このとき金田一耕助が、もっとよく注意していたら、・・・・・気がついていなければならなかったはずなのである。

この文章。このいいまわし。
市川監督もこれから、あの描写にしたのである。
そう、金田一は自分で注意して見ることをしなかったのである。

そして、松子婦人が言葉を発しているその最中に、その口調がおかしくなる。
>『あっ、いけない。』
と、金田一は直ぐさま松子に駆け寄る。その直後に松子はキセルを落とし、倒れる。その間、当然他の人物の描写はない。金田一は誰よりも早く松子婦人の異変に気づく・・・。

>『しまった!しまった!しまった!この刻み煙草だ。若林君を殺した毒・・・・・、気がつかなかった。気がつかなかった。医者を・・・・、医者を・・・・・』

私には、周囲への発言と同時に、自分に言いきかせている発言に聞こえる・・・。
『気がつかなかった、気がつかなかった』と・・・・。

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最後に、この記事を書き終え、今、あらためて『犬神家の一族』を鑑賞した。

そして、以前自分で書いた『八つ墓村』に関する記事での文をおもいだした。ここに再度記述する。

>「犬神家の一族」(76年版)「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」、これは今後どんなに原作に忠実に映像化しようとも、私の中で市川+石坂版を抜く映像作品は絶対にでないであろう。それは石坂金田一であり、そして原作への忠実度が劣っていても、私はあの独自の、市川版のストーリー、その核とするところ、描き方に非常に惹かれる。とにかく市川版が好きであり、ある意味横溝先生には大変失礼ながら、市川崑の金田一耕助が、原作より大好きなのである。これは、原作より先に映画、つまり市川版からファンになったためにどうしようもない。


やはり、原作を読み直した後に、鑑賞した上で、ハッキリと断言できる。
市川版は原作とは別に、独自の映像作品として、大変素晴らしい。私はこみあげる感動を押さえることが出来なかった。
今後どんなに『犬神家の一族』の映像作品が製作されようとも、それが連続もので、たとえ原作に忠実にえがかれようとも、菊乃の描き方をきちんとしようとも、

  監督 市川 崑
  主演 石坂浩二

    『犬神家の一族』 1976年 (角川映画 配給 東宝)

この作品を超えるものは私の中では絶対に、存在しない・・・・。




犬神家の一族


でも、リメイク版、あれはあれでまた鑑賞してみたい、DVDがでたらみちゃうだろうな〜、そして、間違いなく続けてオリジナルをみるであろう。やっぱりこっちだよな〜、と。



※本記事で触れている犬神製薬の躍進の秘密についてだが、やはり市川監督の反戦への想いからでした。
以前、自分でめとろんさんの記事からの引用で、市川監督自身の言葉を下記の記事で記述しておきながら忘れていました。

『市川崑の金田一耕助  「獄門島」、雨宮の存在・・・ 』
http://toridestory.at.webry.info/200610/article_29.html




犬神家の一族 [DVD]

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2007/10/08 01:51
<犬神家の一族> 
1976年 日本 146分  監督 市川崑 原作 横溝正史「犬神家の一族」  脚本 長田紀生  日高真也  市川崑 撮影 長谷川清 音楽 大野雄二 美術 阿久根巖 出演 石坂浩二  高峰三枝子  三条美紀  草笛光子  島田陽子    あおい輝彦  小沢栄太郎  金田龍之介  小林昭二  坂口良子    加藤武  大滝秀治  寺田稔  三木のり平  横溝正史 ...続きを見る
楽蜻庵別館
2008/03/29 05:16

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
ご無沙汰です、めとろんです。
いやあ、イエローストーン様の作品への『愛』に、感動です!一つの作品を、ここまで書けるというのは並大抵ではないです。
また、原作との比較検証というのは僕もやりますが、結構大変なんですよね。それをここまで細かく出来るなんて、素晴らしい!
僕も、妻が妊娠中に別の病気で入院したりして、なかなか更新もままなりませんでしたが、何とか頑張っていきます(^_^)/
いつも読んでいますので、頑張って下さい!

めとろん
URL
2007/05/05 23:25
めとろんさん、お久しぶりです。
奥様、ご病気大丈夫ですか?仕事もお忙しと以前書いてらっしゃいましたが、めとろんさんご自身も十分に身体にお気をつけ下さい。
記事ですが、最近、原作を30冊ちかく、再び手にいれまして、わずかづつですが、読み直しているんです。それで衝撃をうけることが多いもので、それも読み終えてから書けばいいのに、読んでいる途中で書かずにはいられなくなってしまうものですから、何回も訂正しつつ記事が増えてしまいます。
そんな記事でも、読んで下さってありがとうございます。マイペースで頑張っていきたいと思います。
めとろんさんの記事も非常に楽しみにしておりますので(といっても、金田一か、コロンボ位しか私は分かりませんが)、頑張って下さい!
イエローストーン
2007/05/06 01:03
こんにちは ブタネコです

記事を拝読していて「温故知新」という言葉が浮かびました。

原作を読んで 映像の魅力に気づき、また 映像を見直した後に原作の妙に気づき… それが何度も繰り返せる まさにスルメの様に^^

ブタネコ
URL
2007/05/06 14:53
ブタネコさん、こんばんは。

「温故知新」、正にその通りですね。
それが原作と映像の間で、繰り返されている状態です。

互いにの良さ、魅力、奥深さに気づき、そして感動してしまうのです。
そして、ある部分、おちこむんです。
今まで、何をみていたのだろうと・・・。はははっ。

イエローストーン
2007/05/06 21:06
お心遣いありがとうございます!めとろんです。
当ブログ『めとLOG 〜ミステリー映画の世界』で、現在、江戸川乱歩の「陰獣」を採りあげておりますが、横溝正史に関する記述も多々ありますので、ぜひ読んで頂けると嬉しいです。
また、「思いつき悪魔の手毬唄考」に、性懲りもなく少々筆を加えておりますので、宜しくお願い致します。イエローストーン様のテンションには及びもつきませんが、私もマイペースで続けていきたいと思っています。
それでは、また(^_^)v
めとろん
URL
2007/05/08 20:07
めとろんさん、こんばんは。
私は熱い想いといえば格好がいいですが、単にしつこいだけという感がありますが、めとろんさんのように、ミステリー全般、とくに書籍等に関する知識がまるでないので理解できるかな。ちょっと心配ですが、週末にでもじっくり(平日はこれでもなかなか時間がなくて)拝読させていただきます。では。
イエローストーン
2007/05/08 21:17
めとろんさんへ、追伸。
「思いつき悪魔の手毬唄考」も再読させていただきます。
イエローストーン
2007/05/08 21:32
私事ですいません。
拙ブログのURLが変更になります。
御手数をおかけして申し訳ありませんが どうか修正の程を…^^;
本当に すいません。
ブタネコ
URL
2007/05/18 22:29

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