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「津軽海峡は、ちゃんとした陸続きだったんだ、10万年位前まで。 北海道が寒くなると、マンモスは南へやってきた。」 「そこに、もう一度人間がこの2本の脚で、歩いて渡れる道をつくりたいんだ・・・・。」 調査開始から25年、青函トンネル開通に全てを捧げた男、阿久津。 地元の漁師達の力をかりて、ひとりで地道な地質調査から始め、正式に工事が認められ、JVが組まれ巨大なプロジェクトとなり、その中で、家庭を顧みずに仕事に没頭し昇進していく彼、そしてその開通まで、人生をかけた熱い想いが描かれている。 『海峡』 1982年 東宝 東宝50周年記念作品 監督 森谷司郎 主演 高倉健 北の辺鄙な街、竜飛。 激しく風が吹きつける中、荒れ狂う海をみつめる男。 ここになんとしても・・・・。 人生の全てを青函トンネル開通に賭けた熱い想いとその長い年月。 同じ想いの多くの男達とそこに関わる女達。いつもながらシャクで展開的にはトントンと進んでゆきます。その中で、健さん演じる阿久津を中心に家庭を犠牲にしてこのトンネルに賭けた熱い想いを、そして多くの犠牲を伴い、そして難工事であった点を映画的に描いています。 そして、吉永小百合演じる女性。 健さんに自ら断とうとした命を救われ、慕い、長年影でささえ応援してきた彼女。 非常に古風というか、これも映画的ではありますが、最後に健さん演じる阿久津がトンネルが開通し、竜飛を離れる時に、彼女の元を訪れる。 その酒を飲むシーン、このワンショットの長まわしは、非常に静かでおとなしい場面でセリフも少ないが、その想いを感じるに、重みのある、非常にいい場面で見応えがある。 「長い間・・・、本当にお疲れ様でございました。」 「25年・・・・・・・・。」 地質調査で、小舟で海へでて、海中の石を回収するシーン。荒れ狂う海へでての撮影、短いシーンですが、これは地元の人が狂気の沙汰だとい中、決行したそうです。 現場の親方、昔気質でガンコな親父を森繁が力強く演じています。 この森繁を津軽海峡へ連れて行く為に、説得しに阿久津が訪れます。その時の酒場でのシーン、ここでも長まわしのシーンがあり、惹きつけられます。 満州で終戦をむかえ、ロシア兵に追い回され、妻と娘を亡くした親方。その愛娘が息絶え、痩せて細った小さな身体を埋めてやった場所、それが・・・ 「北緯41度、吹雪の中でな・・・・・」 「北緯41度、 その北緯41度を東へずう〜といったところが、津軽海峡なんです。」 そして、昭和29年、青函連絡船洞爺丸遭難事故、この海峡で両親をなくした少年、彼が青年となり、この工事の為に公団に入社し、現場へたつ。三浦友和が演じていますが、彼の存在がまた阿久津のこの工事にかかわっている年月の長さというものをうまく表している。 大変興味をひく内容ですが、当然、これだけの長い難工事を2時間ちょっとで描いているので無理はあります。非常に映画的ですが、やはり健さんの、阿久津の、この工事に賭ける男達の熱い想い、実話ですが、そこが全て。 そして高倉健という役者の魅力による所が大きい点は否めない。 しかし、この男達の熱い想いがひしひしと伝わってくるのだが、何故、今だにここに新幹線が通っていないのか・・・・・。あの男達の想いは・・・・・。 しかし、私はいつもながら単純に、まあ素直に楽しめ、感動しました。 健さん演じる阿久津の後姿、健さんのファーストショットとラストショット、その後姿が非常に印象的です。 根っからのトンネル屋、阿久津。 「現場を離れるくらいなら、辞めさせてもらいます。」 上司の配慮ともいえる人事にウンとはいわず、彼は次ぎの大きなトンネルへ・・・・。 「行け、行くんだ。北緯41度を越えて北へ行くんだ。 人間の歩いた後に道はできる。」 「マンモスが移動している、足音がきこえる・・・・。」 海峡
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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当時劇場で観賞いたしました。 |
samurai-kyousuke 2007/10/09 22:26 |
samurai-kyousukeさん、コメントありがとうございます。 |
イエローストーン 2007/10/14 21:16 |
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