取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 遺言状にこめた至上の愛 衝撃をうけたあるセリフの存在  「犬神家の一族」(2006年版)  再追記

<<   作成日時 : 2007/11/04 00:05   >>

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「犬神家の一族」のリメイクをDVDで再鑑賞した。


劇場でみた時よりも複雑な思いが・・・・。
そして、あるひとつのセリフの存在に衝撃をうけた。


劇場で鑑賞した時は、やってほしくないという気持ちをもちつつも、やはりあの音楽を、あの大明朝体をスクリーンでみて感動した。そして妙な懐かしを感じながら鑑賞していた。

しかし、今回冷静に鑑賞すると、劇場で鑑賞した直後の感想とは違う想いも感じた。

オープニング、犬神家の大広間での佐兵衛翁の臨終シーンから、金田一耕助の登場、テーマ曲が流れ、タイトル〜キャスト・スタッフクレジット。ここまではたしかにいい。だが、冷静にみてオリジナルよりも優っているかは今みると・・・・。
そして前半、たしかにオリジナルよりも丁寧に描いている。カット数も多い。オリジナルが頭に焼きついているので、増えたカット、こまかな違う点が妙に新鮮で感動があった。それがあの直後の感想につながったのであろう。

参照

「犬神家の一族」(2006年版) 贅沢なリメイク版・・・ 
   (http://toridestory.at.webry.info/200612/article_15.html


しかし、今回の再鑑賞では、非常に私的に間違いかもしれないが淋しい想いが・・・。
やはりこれも矛盾するようだが、オリジナルが頭にやきついているだけに、ここまで描く必要があるのかと、非常い丁寧に描いているが、言い換えれば説明的になりすぎているのでは。これはもしかしたら市川崑が歳をとってしまった為ではないのか・・・、との想いが一瞬。
合わせてあの細かなカッティングが明らかに甘い。
私の気のせいか・・・・。


そして、当時と今の役者の差、その重厚感という部分での画的な不満。
佐兵衛翁の過去の部分の画的な描写及びセリフの不足。
そして何よりも石坂金田一の年齢。

これらはやはり・・・・。


何度もいうが、オリジナルは何十回と鑑賞していて、画が頭にやきついているだけに・・・。
このリメイクはオリジナルのように何十回と鑑賞するだろうか・・・。
ただハッキリ言えるのはリメイクを鑑賞した後、必ず私はオリジナルも鑑賞するだろう。


ただ、監督のその想い、市川崑の金田一耕助を、つまり金田一=天使というコンセンプト。さらには原作通りに監督がこだわる金田一=風来坊。これを描いて点は良かったと感じる。

そう、古館弁護士が口にしたあのセリフ、
『あの人は、まるで天からきた人のようだな・・・。』

そしてあのラストシーン。

私はオリジナルのラストの方が好きではあるが、このリメイクに関してはあのラストでよかったのではないかと強く感じる。


そして、画的には不満が多いが、ストーリー的に考えた場合に、オリジナルよりもさまざまな人の愛を強く描写した点はそれはそれでいいと感じる。
そして、やはり核となる佐兵衛翁の至上の愛。
そう、野々宮春世へ対する佐兵衛翁の恐るべき深い、正に至上の愛。これが強く描かれている。
画的にはこれも不満なのである。以前の感想で述べたように、画的には様々な愛を描写した分、佐兵衛翁の描写、それに関するセリフ、彼の過去の部分、これは佐兵衛翁がその至上の愛を怨念に転じさせたという部分を理解する上で非常に重要な部分である。それが十分に描写されていない。
その点から私は以前のリメイクの感想で、
>ただ、さまざまな愛を強く表現した分、肝心の佐兵衛翁の愛が弱くなってしまっているような・・・。
と記述した。

だが、市川崑はこの核として、佐兵衛翁のその至上の愛を原作の通り、オリジナルより強く表現していたのである。
佐兵衛翁の野々宮春世への至上の愛、それが転じて妾、そして3人娘への怨念が生まれた。一見、遺言状はその怨念が書かせたものと感じてしまう。
しかし、それは違う。
佐兵衛翁はその至上の愛を、真実の愛を遺言状にこめたのである。
彼が本当に、真にのぞんだこと、これは果たして何であったか。これは原作より明らか。
それはこの世でただ1人愛した女、野々宮春世の血を犬神家に入れること。自分と春世の血をひいた人間に犬神家を継がせること。
そう野々宮珠世に犬神家を継がせることが佐兵衛の真の深い、恐ろしいまでの執念とも言うべき想い、まさしく想念だったのである。
彼が遺言状にこめたのは、怨念もあったであろう、それは珠世が犬神を継げない場合の様々な場合、しかし、一番に込めたのは、彼が真に願った長年の想い、その想念、そう真実の愛を遺言状に込めたのである。
リメイク版は、原作と比べては当然だが、オリジナル版よりも遺言状の内容量がへっている。犬神奉公会への全納等の条項が削除されている。これも市川崑が佐兵衛翁の怨念よりも想念を描きたかった為であろう。

私は劇場鑑賞時にあるひとつのセリフに気づかなかった。
今回のDVDの再鑑賞で私はこのセリフの存在、劇場鑑賞時に気がつかなかったこのセリフに非常に衝撃を受けた。
これをオリジナルから追加したことで市川崑の描きたかった核が明確であることをあらためて確信した。
そして繰り返すが、大変な衝撃をうけた。
なんてことのないセリフと聞き流してしまうかもしれない。実際、私も恥ずかしながら劇場時には気がつかなかった。しかし、これは佐兵衛翁の真の願いの構想をやどらせる発端となるできごとを示したものなのである。


市川崑は、画的にでなく、セリフでこの佐兵衛翁の真実の愛を表現した。
上記にあげたセリフも含めそれは3つのセリフに込められている。

ひとつは、私が劇場鑑賞時に気がつかづ、原作に描写は違えども、記述されており、オリジナルではない追加されたセリフ。

そしてもうひとつは、以前の感想でも述べた、オリジナルとはある一言を違えた、映画独自のセリフ。原作を考えた場合に、リメイクが唯一オリジナルよりも優っているともいえるセリフである。

3つめは、オリジナル同様にリメイクでも2度同じ意味のセリフを繰り返す。




最初のひとつは、珠世が佐清に化けた静馬に言うセリフ。
そして、私が衝撃を受けたセリフ。

『この時計、憶えてらっしゃる。
佐兵衛おじいさまが、男もちだから大人になったらお前のお婿さんになる人にあげればいいと私に下さった時計です。』


このセリフは珠世が懐中時計の修理を頼むシーンでオリジナルに追加されたセリフ。
くどいが、劇場時はうっかり気がつかなかったが、これをオリジナルから追加していたんだ!
何故、あえてこのセリフを・・・。私は衝撃を受けた・・・・。
市川崑はこれほど明確に描きたかったのだと・・・・。
そう、佐兵衛翁の胸中にやどった幼き日の珠世の想いを察したその構想、そして自分の至上の愛と重ねたその想念を・・・・。


このセリフに関する部分、原作にはこの内容は記述されている。
前回の「犬神家」に関する記事で記述した通り。

>佐兵衛翁がまだ子供の珠世にあげた懐中時計。それに関するエピソード部分での原作の以下の文、

佐兵衛翁は珠世が気にいっていたので懐中時計を譲った。そして、男ものだから大人になってからは持つことができないよ。しかし、そうだ、おまえのお婿さんになる人にあげればよいと言う。そして、珠世はそれを大事にしながらも何分子供ゆえ故障させてしまうことがしばしばあった。そんなときいつも手先が器用な佐清が修理してくれたのである。そしてその時のエピソード。

>(この)エピソードのあったのは、おそらく珠世がセーラー服の小学生、佐清が金ボタンの中学生の時分のことであろう。その自分、雛のように美しい、この一対のあいだに、どういう感情が交流していたことだろうか。そしてまた、このふたりを見る佐兵衛翁の胸中には、いったいどのような構想がやどったことか。

 参照

  犬神佐兵衛翁、遺言状にこめた真実の愛 〜「犬神家の一族」
  (http://toridestory.at.webry.info/200705/article_4.html



もうひとつは、松子婦人がその最期に息子にはくセリフ。

『佐清さん、珠世さんを父の想念から解いておやり・・・』


このセリフ、オリジナルでは、想念でなく怨念である。
この原作にない映画独自のセリフ、市川崑はリメイクで変えた。
そう、より原作通りに、その核を表現したのである。
珠世は佐兵衛翁の怨念の対象外である。そう、これはリメイクが優れているというより、オリジナル唯一のミス、間違いであると感じる。
いや、これは市川監督の狙いであったのだろう。
オリジナルでは松子婦人は佐兵衛翁の怨念という呪縛から逃れられなかった。
佐兵衛翁は自分の想念、真の願いを松子婦人の手で叶えたのだが、婦人も珠世の素性を知った時に父の、佐兵衛翁の真のねらいをさっとた。が、彼女はそれは怨念のなせる業であると、その大きな呪縛ゆえにそう思い違いをしたままその最期をむかえたのである。
それをリメイクでは市川監督は変えてきたのである。

怨念からではない。恐ろしいまでの、永年の執念ともいうべき真の願いから珠世を解放してやること、それは珠世の想いでもあり、望みでもあるのだが、その珠世の愛に自分の愛を重ねた佐兵衛翁の想念、その呪縛からの解放なのである。




そして3つめ、これは金田一耕助が古館弁護士と松子婦人に2回、同じ意味のことを言う。

『古館さん、僕は今我々の前で繰り広げられてる一連の殺人事件は佐兵衛翁がやらせている様な気がしてならないんですがねぇ・・・・』

『僕はこう思うんです。貴方は佐兵衛翁の望んだことを貴方の手で実行してしまったんですね・・・。』



これらの3つのセリフ、これらにより市川崑がまさにその核を強く描きたかったのである。
劇場鑑賞時に、私は不覚にもこれらの真の意味に気がつかなかった・・・・。



犬神佐兵衛翁の怨念、それは至上の愛から転じたもの。
そして、核はその至上の愛。

映画は、リメイクは当然ながら、正にその核をつよく描いていた。
遺言状に込めた佐兵衛翁の真実の愛、その想念を・・・・。





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松子婦人の最期のシーン、私の好きな、そしてこだわるシーンだが、
(参照  「犬神家の一族」に見る金田一耕助の真実  
         http://toridestory.at.webry.info/200610/article_8.html

基本的には同じ演出をしているように感じる。
ただ、『金田一です』で石坂浩二氏は別の想いをかたっていたが。
(参照  市川崑の金田一耕助 〜「金田一です。」(石坂浩二著) 天使のような風来坊2
         http://toridestory.at.webry.info/200701/article_1.html

その点もあり、細かな部分ではやはりオリジナルのがいいと感じる。

至上の愛を描写の方法はともかく、より強く表現した点は評価すべき点ではあり、画的にも不満がありながらもその中でいいと感じられるカットもある。

しかし、やはり私は今後オリジナルを鑑賞する回数のが圧倒的に多いであろう・・・・。






追記

今、「犬神家の一族」(1976年版)、オリジナルをまた鑑賞した。
やはり・・・・。
役者陣が・・・、作品のクオリティが・・・、やはりオリジナルも様々な愛をカット数は別にきちんと描いている。リメイクはやはり核とする佐兵衛翁の至上の愛の画的描写が弱いので、他の様々な愛をオリジナルより強く描いていると感じただけのようである。

そして、佐兵衛翁の怨念という呪縛からのがれられずにその最期をむかえる松子婦人、私はこの描写、嫌いではない・・・・。

そして、ラスト。やはりオリジナルのが非常にいいと感じる。




 









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犬神家の一族
2006年:日本 原作:横溝正史 監督:市川崑 出演:石坂浩二、松嶋菜々子、尾上菊之助、富司純子、松坂慶子、萬田久子、奥菜恵、深田恭子、加藤武、大滝秀治、永澤俊矢、三谷幸喜 ...続きを見る
mama
2007/12/09 09:34
犬神家の一族
 『金田一さん、事件ですよ──』  コチラの「犬神家の一族」は、言わずと知れた横溝正史の大ヒットミステリー"金田一耕助"シリーズの映画化です。12/16公開になる市川崑監督のセルフ・リメイクなのですが、試写会で観てきちゃいましたぁ〜♪  オリジナルは76年製作と... ...続きを見る
☆彡映画鑑賞日記☆彡
2007/12/09 21:20

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