取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 散りゆく花・・・。     (再追記)

<<   作成日時 : 2008/04/17 15:10   >>

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人は様々な思想を持ちそして、ひとつのことに対しても様々な想いを抱く。

私は自分が極端な思想を持っているのを十二分に理解しているので、戦争・天皇家及び政治的なことに関しては極力記事を書かずにきた。それでも時勢により、何度かは引かれることを承知の上で、自身の思いをひとりごととして記述してきた。
もちろん、そのことに賛同する方もいれば、異論、反論の想いをお持ちの方がいるだろう。いて当然である。
ただ、人間は表面上は冷静で大人の対応をしても、本心では、心の奥底では、賛同してくれれば嬉しく、反対されればおもしろくない。わがままな生き物だ。


先日、私がよくお邪魔するブタネコさんのブログで特攻平和会館がある知覧に旅された記事をよんだ。実はその時から書こうかとおもっていたのだが、躊躇していた。

そして、昨日ある方のブログで映画の話からの波及なのだが、神風特別攻撃隊を英雄視してはいけないという旨の発言を目にした。

そこで、この記事を書く決心をした。

私は戦争行為自体を、特攻という行為自体を決して肯定する気は基本的にはない。ただ、戦争という自国がなくなるかもしれない殺しあいで、ただ殺されるのを何もせずに待つ気はないことは、これだけは確かである。そう、母艦を失った艦載機、その場合には・・・・。
おっと、話を戻す。

神風特別攻撃隊という隊自体も基本的には肯定する気はない。
しかし、本人の意志に関係なく実際にその命令をうけて、隊員となり、敵艦に激突して死んでいった若い兵士達個人を想うときに、私は英雄視してはいけないという考えには、私は違和感をもつ・・・。


戦争の是非や特攻の是非を今回は問う気はない。これには上記の通り、様々な人の様々な意見があるだろう。それはそれでかまわない。人それぞれ、様々な思想、想いがある。
ただ、これはブタネコさんもおっしゃておられたが、

>その時代における「時代感」があると思うんですよ

だから、今の時代感で戦争の良し悪しや 特攻の是否を論じても意味は無く、また 正しい解釈が導かれるとも思えないのですが、何故か 今の人はそこをおざなりにしていると思うんです。

正に私も同感である。
その時代に、その状況にない人間が、しかも戦争という生死をかけた究極の状況でのことを、今の時代感で論じてもナンセンスである。
もちろん、全てが肯定されるものではないし、過去を振り返ること、そして反省すべき点はそうすることは重要であること、また、敗戦により、戦勝国により戦争責任を問われ、戦犯がでることは現実的にしようがないことも理解している。
それでもその時代における行動なり判断を今の時代感で論じることはそれこそ危険であり、全く正しいとは思えない。

とはいえ、無意味といえども、やはり様々な想いをいだくであろう。それを今回はどうこうでなない。戦争・特攻の是非、その責任などを語ろうとは思わない。


ただ、事実、末端での事実、それはそれをきちんと見つめて認識していただきたい。
特攻において、まちがいなく言えることは、実際に敵艦につっこんでいった若い兵士達は、自分の思想や意志とは関係なく、命令でいったということ。


少し前に特攻隊員だった老人についての番組をみた。
私の思いを語ることなく、そのみた事実だけを記述する。

その人は腕のいいパイロットだった。
何機もの敵機を撃墜してきたが、戦況が悪化していく中、彼も特攻隊員に選ばれてしまった。
だが、彼は特攻には疑問をもっていた。戦って死ぬのは怖くはない。現に彼は実戦の中で何度もそういう経験をしきた。だが、犬死にはごめんだ!と。
彼は他の特攻隊員が大勢いる中で、上官に問うた。
『私は敵艦に確実に2発は爆弾を命中させてきます。そうしたらなば、還ってきてもいいですか?』
上官は言った。
『いや、そのまま死んでくれ・・・・』

その後、たしか出撃したが敵艦までたどりつけなかったり、家族とのやりとりなど様々なことがあり、そして最後の出撃を迎える。
相変わらず、犬死にはゴメンだとの強い思い、疑問を抱えたまま・・・。

彼は離陸し、敵艦に向かう前に故郷の上空を飛んだ。
家族への別れの為に。その時に、彼は故郷にすむ母や家族のことを想った。そして、もし米兵が本土へ侵攻してきたら家族達はどうなるのか・・・?愛する母を米兵の手に渡すわけにはいかない。愛する家族の為、愛する者を守る為に・・・。
彼はその時に、自身の中で敵艦に激突し、死んでいくことを納得した・・・・。

結局、彼は敵艦に激突はできずに着水してしまった。
たしか、詳細は相違あるかもしれないが、こんな内容だった。



また、靖国神社を参拝し、遊就館を見学した時にみたドキュメンタリー映画がある。
靖国についても今回語るつもりはない。
また、その映画の内容もどこが製作したなども関係なく、内容にも特にふれる気はない。
ただ、その映画の最後に、かつて兵士だった老人が口にした言葉を紹介する。

「私達は純粋に命を投げ出して国を守る気持ちだった。そして“靖国で会おう”を合い言葉にそれぞれの戦地へ向かった。靖国に代わる国営の施設をとの話があるが、そんなことをされたら死んでいった戦友たちに何て言っていいか・・・」
元老兵士は涙ながらにこの言葉を語った・・・。

靖国がどうこうではない。
彼らは、当時の若い兵士達は、本意ではないかもしれないが、純粋に国を、愛する者たちを守る為に戦場へ向かったのである。そしてその命を捧げた・・・。
これが決して全てではない、そして戦争を美化することは大変危険である、しかし、これもまた偽りのない兵士達の本当の気持ちであったろうし、事実である。


私は、広島平和記念公園・記念資料館、そして館長崎原爆資料館・長崎原爆死没者追悼平和祈念館へは何回も行った(もちろん、戦争の被害・傷跡は、原爆の投下地だけをみればいいというわけではないが)。
そして知覧特攻平和会館へも何度も行っている。
そして、多くの遺書を目にしてきた。それが命令でかかされたものであろうと何だろうとそんなことは関係ない。実際にそれが彼らの愛する人への最期の手紙なのだから。
その多くの遺書を読んだ時、私は身体が芯から震えた。
そして、「死にたくない。」「何故こんなことで命を落とさなくてはならないのか」などの多くの手紙、当然本音でしょう、そして中には「特攻へいけることが至上の喜びであります。」と書かれたものも・・・・。彼がどういう心境でそれを書いたかは私にはわからない。検閲されるからか、ただ、それでも、ここまで人間を狂わせるのか・・・。電流がはしった。
そして、本意でなくとも愛するものを守る為に勇敢に散った者、泣きながら身体を震わせて目をつぶっまま散った者、そう、そんな特攻隊員だけでなく、実際に戦地へいった多くの兵士たちがいる。

私は想う、そんな彼らは全員英雄ではないか・・・。


戦争では兵士でない民間人が空襲や原爆で大勢なくなられている。また沖縄では自決の強要などとの話も。その他にも狂気の沙汰、非人道的なことがおおく行われた。
戦争が美しいわけがない
決して戦争を肯定する気はない。特攻を肯定する気はない。
ただ、戦争によってなくなった方々を慰霊する気持ちを我々はもたなくてはいけない。

そして、それは民間人だけではなく、戦場へ赴き、敵と戦って散った、その命を捧げた兵士達も当然同様。
特攻隊員だけではない、そんな純粋に国を、愛する人を守ろうと命を捧げた兵士達がいたことを忘れては決していけないし、兵隊を一緒くたにして、そんな彼らを、特攻隊員達を英雄視することはいけないという意見、これには私は違和感を感じずにはいられない。

兵士も民間人も含め、そしてどんなかたちであれ、戦争によって命をおとした方たち全員を慰霊する心を、気持ちをわれわれはもたなくてはいけないのである。

この記事を記述するきっかけのひとつになった、最初にご紹介したブタネコさんの記事。その私とのコメントの回答でブタネコさんは次のようにおっしゃれれている。

>まずは、命を捧げた方々への慰霊からだと私は思うんです。

正しくその通り。

それぞれの人が、様々なことを想うのはかまわない。
ただ、それはまず事実をうけとめ、戦死した方々を慰霊をしてから、想うことであると私は想う・・・。












   『続・散りゆく花・・・。


   『続々・散りゆく花・・・。












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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます ブタネコです。

拙記事の件、テレます。^^

さて…
>神風特別攻撃隊を英雄視してはいけないという旨の発言
私の記事も よく誤解を受けるのですが、私も御承知の通り、戦争賛美、特攻隊賛美を述べているわけじゃないんですが、そういう内容に読まれてしまう事が少なく無いので困ります。(というか腹が立ってます^^;)

戦争で命を亡くされた方々は 等しく殉国者だと私は考えます。

だから、生き残った方々や末裔である我々は まず、殉国者の方々の菩提を弔うべきであり 命を亡くされた方々の亡くし方や経緯などの詮索は二の次だろ…と言いたいんですけどね、宗教観が…とか、英雄視だ…とか、二の次の事ばかりで熱く語りたがる輩の多さには木を見て森を見ずだと思うばかりです。^^;

ブタネコ
URL
2008/04/18 04:50
ブタネコさん、こんばんは。
コメントでの記述を勝手に掲載してしまい、すみませんでした。
ただ、あまりに共感したもので。

そう、二の次の事ばかり語る奴らは、勘違いしているんでね。どちらが木で、どちらが森かを。出来事の是非や、責任問題などよりも多くの方が亡くなられている現実を、しかも何故亡くなられたのか。そのことを純粋に考えた場合にまず、おっしゃる通り慰霊だと思うんですよね。
純粋な愛国心、大切な人を守りたいという心、これを変な解釈で軍国主義だ、右だと、そして英雄視、美化してその責任はほったらかしなどと私には屁理屈をこねいるとしか思えないんですよね。
イエローストーン
2008/04/18 20:37
決して戦争を美化しているわけではないし、特攻を美化、肯定しているわけではないんですよ。兵士たちが日本を守りたいと戦ってくれたこと、愛する人の為に命を捧げたこと、そのことを考えた場合に、どう想うのか。その彼らの行動を讃えた場合に、戦争を美化しているなどと結びつける神経が私には信じられないんです。
私は全員が勇敢に戦った戦士であり、そして英雄だと思うんです。自分の国の為に、愛する者がいる地を守る為に、戦地へゆき闘い、そして残ったものは家を守ったんですから。

>戦争で命を亡くされた方々は 等しく殉国者だと私は考えます。

おっしゃる通りです!

また、熱くなっちゃいました。
コメントありがとうございました。

イエローストーン
2008/04/18 20:38

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