取手物語〜取手より愛をこめて

アクセスカウンタ

zoom RSS 自身に問う、何故、映画=芸術に違和感を感じるのか・・・・。(追記)

<<   作成日時 : 2008/06/02 00:32   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 13

時代の情景」のトム(Tom5k)さんより、

先日記述した記事

映画への想い・・・。賛同と反感。 〜これが私の映画への熱い、深い想い・・・。」

へいただいたコメントの中で、

>映画が芸術であるのか否かは、未だ結論の出ているものではないということです。
 小説においても「直木賞」と「芥川賞」があるように、映画にもそれはあると思います。一方のみではないと思って います。

と書かれていた。

ただ、これは返信のコメントにも書いたのだが、私の、あくまでも私的な想いであり、一般にどうこうではない。私の中では、結論は明確にでており、映画は娯楽なのである。


ここで自身に問うてみる。
なぜ、私はここまで映画=芸術を否定するのか。
なぜ、違和感を感じるのか。
映画=娯楽にこだわるのか・・・・。


だが、このおっしゃることは確かにその通りである。
たしかに映画にも完全に娯楽に徹してもの、芸術性(一般的概念での)のつよいものがある。
そう、純文学と大衆文学のように。

つまり、一般的には、芸術映画と大衆映画・娯楽映画。たしかに両方がある。
間違いなくそのどちらか一方ではない。

ただ、くどいようですが、私のこだわる映画とは、つくりもので、当然ストーリーが存在し、一般公開するもの。
先日も「不都合な真実」にていての記事、

あなたならできる  〜「不都合な真実」

でもふれた通りです。

ただ、娯楽性がつよくとも、いかにその表現に、映像にこだわり、映像美を追求しようとも、これは先日の記事でも記述したが、つくり手にとっては様々な映画とうものがある。中には私は違和感を感じるが、芸術と思っている人もいるだろう。

あっ、まずここで芸術という概念が私的に一般と私は違うようである。



芸術

 芸術(げいじゅつ、ギリシア語 η τεχνη techné、ラテン語 ars、英語 art)とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。美術、文芸、音楽、演劇など。

とりわけ表現者側の活動として捉えられる側面が強く、その場合、表現者が鑑賞者に働きかけるためにとった手段、媒体、対象などの作品やその過程を芸術と呼ぶ。表現者が鑑賞者に伝えようとする内容は、信念、思想、感覚、感情、など様々である。


とある。

う〜ん、この通りならば、たしかに映画も芸術か。そうであろう。

ただ、私は自身の想いで、間違いなのだろうが、音楽はたとえクラッシックを聴いても芸術とは思わないですよね。
正に音を楽しむものなんです。
文芸もいかにすぐれた文章、物語でも私は芸術とはおもわない。文学ですね。
大衆文学、純文学どちらもあくまでも文学です。

そして、よく大衆文学と純文学があるように映画にも大衆映画と芸術映画あるという方もいらしゃいますが、
私には違和感が。ソレは違う。文学はどちらもあくまでも文学。
このくくりで映画をわけるとしたなら、間違いなく大衆映画と純映画としなくてはならない。
大衆と芸術になぜ変換してしまうのか・・・。
そして、百歩譲ってこの分け方をありとしてもそれは映画の中のジャンルになる。
そう、映画全体は芸術ではない。どちらも一般公開するのであれば娯楽である。
すると大衆娯楽と芸術娯楽・・・・?!えっ。
まあ、この分け方自体私には理解できないのでこの話はこの辺で。


話をもどしますが、

そう、私の中で、芸術はなにか理解できなく、難解なもの、楽しめるものでないというヘンな想いがあるのでしょう。

演劇も芸術〜?、演じること、芝居が・・・・。
上記の文だと正に芸術ですよね。
でも私は芝居を芸術とは絶対に想えない。

つまり私の芸術という概念がまちがっているんでしょうね。しかし、これはもうどうしようもない。
私の中で、芸術というと、まずうかぶのが、絵画。
それもピカソなどの私が理解できないで、評価され高額な値段のついているもの。
他には、建築、焼き物、彫刻これらが、私の中では芸術。
あのう、画は抽象画でない以外はある部分で、多少の理解はできますが、焼き物など何がいいものか、などサッパリわかりません、その価値の判断が、私には。

つまり、芸術とは必ずしも万人が理解できるものではない、難解なものという概念なんですね、私は。
そして、理解できる絵画、焼き物、彫刻などは私には芸術ではなく、美術、美術品なんです。

しかし、映画は真のメッセージをどこまで把握出来るかは別に、最低、ストーリーはおえるんですね、誰でも。
ここも芸術ではないと私が思う理由の一つ。

それと、私の中で芸術とは商業性を求めないものという思いもあるのであろう。
これは一番の理由ではない。
だが、この商業性という部分も私に芸術でないと想わせる一因である。

予算があり、クラインイン前に公開日が決まっているなどという場合もある。
映画とは製作段階で監督のものであるが、その監督が製作者に切られる場合もある。
そして、ハコで回数を上映するために、短く編集されるという現実もある。
役者の都合で監督も納得いかないキャスティングで撮るという場合もある。

そして、興行収入をえて、そののちDVDなどの二次製品にもなり収入をえる。

このような点からも私は芸術ということに大きな違和感を感じる。

だが、これが第一ではない・・・・。



日常で私自身も

“これはもう芸術(芸術の域)だね〜”
と思うこともある。
それは、自然の造形美であったり、とてつもない美しいものや、普通の人にはできない技などを見たときには口にし、思うこともある。
そしてそれは万人が認識できることである。
だが、それは厳密には上記の括弧のとおり、芸術の域だという想いであり、芸術であるのではない、私の中で。



そして、映画の中のジャンルとして、芸術映画であったとしても、やはり私は娯楽だと思うのです。
そう、鑑賞する側、私は決してつくり手ではなく、一般の、大衆の、一鑑賞者です。その私から見た場合に・・・・。



娯楽とは

エンターテインメント(英語:entertainment)は、多くの人々を楽しませることをその主題とする、文化的な活動の一つ。

とある。

私の映画を鑑賞する姿勢、それがとにかく映画を楽しむこと。
余計なことを考える必要はない。難しく考える必要はない。
まず感じればいい。ただ感じればいい。
そして、その感じることから、映像の行間を読んだり、映像との対話までも可能にすることにおよぶ。
それが私の想う、感じること。
理解しようという意識はいらない、まずは感じること。それが全て。
あとのことは鑑賞後に考えればいい。
そして、集中して、映画を楽しむこと。

それは、喜劇だろうと、悲劇だろうと、アクションだろうと、ヒューマンだろうと、そう芸術映画であろうと、大衆・娯楽映画であろうと。その映像を楽しむこと。

それに芸術の概念、その間違った概念だが、それが私の芸術というもので固定されてしまっている。
そう、芸術とは万人が理解全て理解できるものではない、難解なものという概念が。
しかるに、誰が見てもいい、そして一般大衆の誰でも楽しめることができる映画は芸術ではないという思考になるであろう。
それ以上に、繰り返すが、この楽しむこと、一般大衆が誰でも鑑賞できて、誰でも楽しめること。
それが私の中の映画である。
そのことから、この楽しむものという概念の強さが、映画=芸術を否定し、映画=娯楽という想いを非常に強くさせ、こだわらせているのであろう・・・。


そう、娯楽という言葉が、私の中の映画というものに、正にそれと合致するのである・・・・。


故に私は思う。

映画とは芸術ではない。
映画とは娯楽である。
大衆の娯楽である。



【後記】


今一度かんがえてみる、問うてみる自身に。

やはり、映画とは楽しむもの。
それは大衆作品だろうと、一般にいう芸術性のたかい作品だろうと。

他の方がどう思われようと、疑問をいだかれようと私の想いは変わらない。

やはり映画は芸術ではない。映画とは娯楽である。








テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
本当にしつこくて、ごめんなさい。
また、素朴に疑問に思ったことを、書きます。
>芸術性の高い作品も鑑賞しましたが、感性の範囲で、当然理解不能ではないのですよ
とのことから、
1 イエローストーンさんのおっしゃる芸術とは、理解の困難なもの、高価格のもの、美しさを追求したもの、という、お考えであるとのことですが、
イエローストーンさんは、その「いわゆる芸術」を観て、理解不能ではなかったということは、
楽しまれたのですか(語弊があるかもしれませんが)?もし、それが楽しかったというご経験になっているのであれば、その内容をお聞かせいただきたいです。それとも、そのようなご経験ではなかったのでしょうか?
トム
2008/06/02 22:53
2 これは、質問というよりお勧めしたいことです。
わたしも赤木圭一郎が大好きで、日活のノワール系の作品が好きです。わたしのブログ記事の大半は、アラン・ドロンの作品で、彼の作品の多くは、そういう作品と同様のフランスのやくざ映画です。
これらは、上記作品と一線を画するところもあると思いますし、共通の部分もあると思います。
ジャン・ピエール・メルヴィルというフランスの監督は、ドロンとそういったフランス製やくざ映画の作品を多く作っています。ぜひ、イエローストーンさんに観ていただきたいです。
そして、イエローストーンさんが、メルヴィルの作品を娯楽と感じるか、難解な芸術と感じるか、お聞きしたいです(どう感じられるかに、とても強い好奇心を持っています)。
トム
2008/06/02 22:54
3 ナチスの戦争啓発映画やアメリカの戦時国債発行のキャンペーン作品、旧社会主義国家郡のプロパガンダ映画など、観る側に大きな影響を与える映画も多くあったように思います。しかもそれは素晴らしく、そして面白く、賛成意見を多く作り出したことを、どう思われますか?
このような映像文化の国家的利用に、わたしはたいへん危険なものを感じると同時に、逆にその必要性も場合によっては感じます。

>疑問と反感
に関わっては、わたくしはイエローストーンさんのお考えには疑問はたくさん発生しますが、反感は全く感じません。映画の見方は自由であると思います。むしろこのような対話に充実を感じます。
また、イエローストーンさんは、たいへん聡明で誠実で正直な方であり、人間的に信頼できる方であると感じ、うれしい気持ちになっています。無遠慮な質問の数々お許しください。
トム
2008/06/02 22:54
トムさん、こんばんは。

まず最初に、
>わたくしはイエローストーンさんのお考えには疑問はたくさん発生しますが・・・

これについては、ゴメンなさい。失礼な言い方をしますが、お互い様という部分があります。私は記事にも書きましたが、素朴に、なぜ映画をみることを難しくするのだろうと、これは私がですよ、おそらく根本の想いに相違があるので、互いに感じる事であると思います。(正直いいですか、ちょっとうんざいしているので、失礼な事をのっけから・・・・。)

1ですが、私は、楽しめたのです。
その一般に芸術性が高いといわれるビスコンティ作品をもう20年以上も前ですが、鑑賞したことがあります。そして真の理解かどうかは別として私なりに感性で感じて、ストーリーを追い、私なり理解できたのしめました。つまり、一般に芸術性が高いといわれている作品でも、私は楽しんで鑑賞できました。つくり手の真の想いや、所謂芸術性きちんと認識できたかは別ですよ、ただ私がいう映画としては楽しめました。
だから、私にとっては、映画はそのジャンルをとわず娯楽だと思うということです。
イエローストーン
2008/06/02 23:18
2ですが、

私は映画は基本的に芸術ではないといいつづけております。娯楽だと。
ですから、理解不能な難解なものではないということを、つまり、ストーリーがある以上、それを真の意味をどれだけ理解できるか、つくり手の想いをどれだけ
映像的に読解できているかは別にして、どんな方でも、物語はその人なりに理解でき、楽しめると思っています。(あくまでも感想とは別ですよ。映画を楽しんでも、感想としてつまらなかったという事はあると思います。)つまり私には、映画とは理解できない難解なものではないと、ずっと言ってるんですけどね・・・。だからその意味でも、映像美などを追究し、その内容が芸術性が高いと言われるものでも、理解不能なことはないと、だから娯楽であると。

イエローストーン
2008/06/02 23:28
お勧めいただいたメルヴィルの作品も機会があれば鑑賞したいと思いますが、過去に記事でも記述しているのですが、自身で鑑賞しようとおもってとったDVD、つまり映画がたくさんたまっております。それとお勧めいただくのは嬉しいのですが、過去にはジャンルを問わず鑑賞しまくった(それが20年前なのですが)ことがありますが、今は、自身が気にいった、鑑賞したいと思う映画しか鑑賞しませんので、いつになるかはお約束出来ません。すみません。
イエローストーン
2008/06/03 00:25
3ですが、まずこれも何度も記述しておりますが、ここでいう私の映画は、つくりもので、ストーリーがあり、一般公開するもの。これは『不都合な真実』の自身の記事でも記述しましたが、ドキュメンタリーなどは私の概念では映画ではないんですね。事実ですからね。そして、私は楽しみたい為に、映画を鑑賞するので、正直いっていいですか、おっしゃるような難しいことを考えたことはないのですが、そうですね、まあプロパガンダがノンフィクションあるとは限りませんのもね。所謂私がいうところの映画、ストーリーがあり、つくりもので、その中でその思想を強く訴えるものが存在しますよね。
イエローストーン
2008/06/03 00:27
ただ、既にお気づきのように私は自信の思想や想いに揺らぎはないんですね。一般にいう頑固なので、なかなか映像でも、演説でも、同じ思想のものであれば大いに共感し、賛同し、感動しますが、自身の思想なりと違う主張などに対してはほとんど違和感しか感じません。そして反感をちます。私の中でですよ。映画をみてどう感じるかはそれぞれで、私はどう思うかと問われても、それは賛成の方もいるだろうし、そうでない方も当然いるでしょうとしかいえません。そしてその影響は、自己の判断と責任としかいいようがありませんし、私はそうだと思います。また国家として映像文化を利用すること、これは内容によりますね。率直いいうと国家による映像文化をつかった誘導というでしょかね、それには賛成しかねます。ただ、ドキュメンタリータッチでなく、ストーリー性があるものであれば、私の中では他の映画とかわりなく鑑賞するでしょう(その作品に興味がわけばですが)。そして、あくまでもつくりものとして、自身の感性と思想を元に、賛成なり反対なりすると思います。んっ、ちょっと回答がずれているかな。国家の映像文化利用は、個人的には反対の思いです。
イエローストーン
2008/06/03 00:29
トムさんへ。コメントで聡明とか、信頼できるなどと記述していただき大変照れくさく思います。 ただ、さすがに正直ちょっと、うんざいしている気持ちがあります。すみません、正直で・・・。 その想いを主張され、反論されるのはかまわないのですが、質問等をされますと・・・。 つまり、私にはトムさんのご質問が、一応私なりに、出来る範囲で、誠意をもって回答させていただきましたが、ぶちゃけますと映画を、その影響や、内容などそれほど難しく考えたことがないのですよ。映画記事も書いておりますが、あくまで感じたことを記述しているまでです。ご質問いただいた点など、普段考えたこともありません。何度もいいますが、難しく考えたくないのです。この記事、映画は娯楽であるとう点も、トムさんと用心棒さんの対話に疑問を感じ、反感を感じたのも、すべてはなんでこう難しくし、難しいことを考えるのだろう、そして何故それを全ての人に必要とするのだろうという点が元ですね。
イエローストーン
2008/06/03 00:36
そして、この記事に書いたとおり、映画を楽しみたい。難しく考えることなどなく、ただ感じて、楽しめばいい、この思いから、私には、いかなる芸術性の高い作品だろうと、私の映画の概念にマッチしてくるのが、娯楽という言葉なんです。 それと私が反感と記述したのは、なぜだろうと疑問を感じたのです。そして、賛同ではない、自身と違う思いなので、反感としたのです。おそらくトムさんの疑問と同じですね。別に否定する気はないんですね。 そして、私は疑問を思うからといって、その思考を解明したいとも思いません。ただ、私はこう思うと、反論はぶつけますが(そうしてきましたが。)あくまでも違う想いがあるという主張ですね。賛同して貰うつもりはないんです、ただ違う想いもあるということ。
イエローストーン
2008/06/03 00:36
すみません、昨日よりできる限りご回答さしあげてきましたが、別に逃げるつもりはございませんが、これ以上このことばかりに、トムさんのご質問に私も1日の限られた時間を割くわけにはいかないのですが。よろしいでしょうか。

もちろん、ご意見は反論でも賛同でもお聞きいたします。
そして、私も自身の想いはこれからも主張し、記事は書き続けてまいります。 大変、失礼な言い方をしましたが(くどいですが正直ちょっとイラつているかも・・・。)、これかれも宜しくお願い致します。
イエローストーン
2008/06/03 00:39
トムさんへ。
上記で大変失礼な記述がありましたこと、お詫びいたします。
ただ、私が他の方の意見などに疑問を持った場合に、その違いを、所謂反感を主張し、意見を投げかけることはあっても、その人に何故という部分は問いかけることはしないし、、何故そう考えるかには興味がないし、知ったところでどうしようもないのです。つまり他の方の想いとはそれぞれ自由であるから、その自身がしないことをされたので、不快におもったのが正直なところで、ちょっと失礼な表現がふくまれてしまいました。
今一度お詫び申し上げますと共に、私的時間の都合で(本日も深夜1時をすぎておりますし、これ以上時間をこの事に割いて、自身の行動を制限されることは正直迷惑で、非常に困るのです)、これ以上のご質問はご遠慮いただくか、いただきましてもご回答さしあげない場合もありますこと、お伝え申し上げます。
もちろん、ご意見、主張はご投稿いただいてけっこうです。
イエローストーン
2008/06/03 01:32
主張はするけど、質問はだめなのかと不快におもわれうかもしれませんが、これも楽しみとう点です。ブログも私には楽しみなんですね。あまり、立て続けに質問を繰り返されることは、正直、不快で楽しくありません。楽しくないことは単純にしたくないのです。
単純にそれだけです。
では、また。



では、また。
イエローストーン
2008/06/03 01:33

厳選記事

自身に問う、何故、映画=芸術に違和感を感じるのか・・・・。(追記) 取手物語〜取手より愛をこめて/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる