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11月の始めに、川崎大師に行ってきた。 そう、来年は本厄。 中途半端な時期だが、今年は前厄でもあるし、正月は混雑がすごいだろうし、行ってしまった。 以前、旅行の仕事をしていた時は正月は当然なし。 初詣ツアーで、毎日のように川崎大師にきていたのだが、もう7,8年ぶり。 正月は混雑でとてもこの参道は通らず一本裏の道から裏門を進むのだが、久しぶりにここを通った。 でも思ったより人がいるね〜。 いよいよ山門がみえてきた。 う〜ん、久しぶりだ。 さて山門をくぐり本堂へ。 川崎大師。 正式名称、金剛山 金乗院 平間寺(へいげんじ)。 真言宗智山派の大本山。 高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつ。 通称、厄除弘法大師、川崎大師。 略縁起 今を去る880余年前、崇徳天皇の御代、平間兼乗(ひらまかねのり)という武士が、無実の罪により生国尾張を追われ、諸国を流浪したあげく、 ようやくこの川崎の地に住みつき、漁猟をなりわいとして、貧しい暮らしを立てていた。兼乗は深く仏法に帰依し、とくに弘法大師を崇信していたが、 わが身の不運な回り合せをかえりみ、また当時42歳の厄年に当たり、 日夜厄除けの祈願をつづけていた。 ある夜、ひとりの高僧が、兼乗の夢まくらに立ち、「我むかし唐に在りしころ、わが像を刻み、 海上に放ちしことあり。已来未(いらいいま)だ有縁の人を得ず。いま、汝速かに網し、これを供養し、功徳を諸人に及ぼさば、汝が災厄変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」と告げられた。 兼乗は海に出て、光り輝いている場所に網を投じますと一躰の木像を引き揚げた。 それは、大師の尊いお像であった。 兼乗は随喜してこのお像を浄め、ささやかな草庵をむすんで、朝夕香花を捧げ、供養を怠りらなかった。 その頃、高野山の尊賢上人が諸国遊化の途上たまたま兼乗のもとに立ち寄られ、尊いお像と、これにまつわる霊験奇瑞に感泣し、兼乗と力をあわせ、ここに、大治3年(1128)一寺を建立した。そして、兼乗の姓・平間をもって平間寺(へいけんじ)と号し、御本尊を厄除弘法大師と称し奉った。これが、今日の大本山川崎大師平間寺のおこりである。 法灯をかかげて、悠久ここに880余年、御本尊のご誓願宣揚と正法興隆を目指す根本道場として、川崎大師平間寺は、今、十方信徒の心からなる 帰依をあつめている。 やはり厄除けといえばここでしょう。 そして、取手は、かつての下総の国。 成田山へは決して行きません! でも、以前の仕事で何度かいってるけど、私は境内には足をふみいれたことはない。 そう、将門の怨念にあうからね。 って、「帝都物語」っか! 私は、基本的には無神論者で、無宗教ですが、今年の初めに肋骨をおってるし、最近あまりいいこともないのでね。まあ、厄除けにきたんだけど、この成田山に関しても、年寄りから小さなときから話をきいていて、下総の国の人間は成田山にお参りしてはいけないと、何度もね。 その幼い頃からの影響で、やはり行きませんね〜。成田山は。 でも、うちの母親は平気で何度もいっているけどね・・・。 まあ、ただ単に普段から寺や神社には縁がない人間なだけなんですけど。 ●調伏伝説 千葉県成田市の成田山新勝寺は、東国の混乱をおそれた朱雀天皇の密勅により海路(陸路は日数を要す)下向した寛朝僧正が、対将門勢の士気を鼓舞するために祈祷を行ったとされる場所に、言い伝えによって建てられた寺院である。このため、将門とその家来の子孫は、1080年以上たった今でも成田山新勝寺へは参詣しないという。また、生い立ちにもある佐倉市将門に古くから住む人々も、参詣しない家が多く残り、かつて政庁が置かれた坂東市の一部にも参拝を良しとしない風潮が残るとされる。築土神社や神田神社(神田明神)の氏子も、成田山新勝寺へ詣でると、産土神である平将門命の加護を受けることができなくなるとの言い伝えにより、参詣しない者が多い。大河ドラマ「風と雲と虹と」の出演者も、成田山新勝寺の節分豆まきへの参加辞退をした。 (ウィキペディア 平将門より) その私が厄除け。 よほどいいことがないのかね・・・。 って、さ、いよいよ参拝です! あっ、七五三なんだね〜。 さて、参拝を終え、御札と御守りを購入。 そして、境内を散策。 菊花展をやっている。 おっ、青空がでてきたよ。 最後に、青空をバックに写真を撮り、川崎大師をあとにしました。 そして、京急大師駅から、京急川崎駅へ行き、そして都営浅草線に乗り入れている京急で一路浅草へ。 浅草寺もご本尊のご開帳なんですね。 すごい人でした。 せっかくなんで、ご本尊とつながっている柱にふれてきました。 そして、舟和であんこ玉をかって、神谷バーへ。 浅草は何度もいっていますが、初入店。 一階のバーへ。 相変わらずすごい混雑。 あの決してホテルや銀座などのカウンタ−の落ち着いたバーを想像してはいけません。 ここはまず食券をかって、席へむかうのですが、別に店員さんも案内などはしません。 自分であいている席をみつけてすわるのです。 もう、合い席です。 あいたらそこへ座る。 なんとか2席あいているテーブルをみつけ、そこにすわる なんか、ガード下の臭いがする、このガヤついた雰囲気が下町らしくておじさんは好きですね〜。 さてさて、いよいよ電気ブラン初体験。 口へはこび、一口。 うん、おもっていた程、飲みづらくはない。 いや、おいしいぞ。 かすかにジンの香りがする。 あとで調べてみるやはり入っていた。 電気ブラン 電気ブランには、名前の通りブランデー、ジン、ワインキュラソーそして薬草が配合されている。材料の詳細、配合の割合は今も秘密にされている。 2杯目はオールド電気ブランを。 こっちのが度数がたかいのかな。 お店のおすすめ通り、生ビールをチェイサーでやってみる。 うん、これは酔ってしまうかも。 追加は店内の店員にいえばその場で精算できます。 みんなメニューの値段が頭にはいっているんですね。 注文するとその場で、暗算しいくらですと言ってくる。さすが。 最後にもう一杯、普通の電気ブランを注文し、久しぶりにとてもいい雰囲気で酒をのみ、浅草をあとにした。 |
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