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zoom RSS 安楽死、その是非・・・・。

<<   作成日時 : 2008/12/11 18:21   >>

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今、ニュースで安楽死についての報道をしていた。

安楽死、人の死についてはそれぞれ、さまざまな考えがあろう。

木村太郎氏が発言していたが、

『人の死は、究極のプライバシー。』

私も同感である。


これから先は、あくまでも私の思うところ、考えである。


脳死、臓器移植、安楽死に反対する団体のある人物が以下のように発言していた。

『臓器提供や、安楽死というのは、
 脳死状態で、植物状態で生き続けている命を切り捨てることになるんです。』

と・・・・。



私は思う。
植物状態で、管をつながれ機械の力によって息をし、言葉もしゃべれず、もののたべられず、ずっと寝たきり。
当然、意識もない。
この状態を一般に、“生きている”というのだろうか・・・。

私にはそうは思えない。
あくまでも医学的に生の状態にあるといか・・・。

家族は、その時はなんとかしてくれと思う方達もいるかもしれない。
だが、これも一般的に、会話もできない、機械で息をしている命を、そう、機械をとめればなくなってしまう命を、真の生といえるのか。
それを、その機械を止めれば殺人?!
機械で無理に生かしてるのである。
私にそうは思えない。


もちろん、多くの反論があるかもしれないが、私には植物状態を生とは考えることは到底できない。






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私も高齢の父が肺炎で入院した時に、医者から症状が悪化した場合に人工呼吸器などの延命処置をしますかと聞かれました。回復の見込みは無いという事なのでけっこうですと断りました。
始めから人工呼吸器を付けない場合と、付けてから外す場合と法的に違うんでしょうね。
「安楽死、その是非・・・・。」について
2008/12/14 19:39
こんばんは。
なんらかのコニュニケーションがとれない状況で、心臓だけが動いているのは、しかもそれが機械の力によってそうであることは、私は逆に身内である場合に、つらく耐えられません・・・。

難しい問題ですが、個人的には結論がでているというか、そう思います。

コメントありがとうございました。
また、お返事が遅れまして、大変失礼いたしました。
イエローストーン
2008/12/16 21:25

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