取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 映画と酒は似ている。思いではなく、想い・・・・。

<<   作成日時 : 2009/01/26 01:19   >>

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映画と酒は似ている。

映画、そうそれは娯楽、だれがみてもいい大衆の娯楽。
それ以外決して何物でもない。
だが、感想、感じ方は人様々。

そして、以前「良い映画を褒める会。」の用心棒さんがおっしゃていたように、純粋な本編の内容の感想だけでないその人特有の想いも一緒にその作品に対して所有する。

そう想い出である・・・・。
それによってまた、その映画は、作り手の想像もしないような、その人特有の感想、印象をもち心に刻まれる。

故に、違和感を持とうが、いくら反論しようが、やはり作り手の意図しない鑑賞した方それぞれの想いを抱く・・・。


酒も同じである。

正統な飲み方、それは当然あるのであろう。
形式的なことから、そのものの味を一番ひきたたせる正統な飲み方が。

しかし、人の好みは様々。

単純な、わらってしまうような簡単なところをいえば、例えばワイン。

一般に、白は魚、赤は肉などという。
しかし、私は基本的に赤がすきである。
それも本当は渋いフルが。

だから例外もあるが、私は大抵は魚だろうが、なんだろうが赤を頼む。
人に笑われようが、それが私の好きな酒だから・・・・。
私はこの好きな酒を、そして好きな飲み方をしなければ美味しくないのである。

そうそれは、舌で感じる純粋な味以上のものを含むからである。
真の酒好きではないのかもしれない。

しかし、映画と同様、私はだれよりもそれを愛している、その自負がある・・・・。

そして、いかに風味をそこなおうが、酒を知らない素人だと笑われようが、その人の好きな飲み方がある。

映画を例にあげれば、007。
いまのニューボンドはちょっと違うようだが、かつてのボンドは、マティーニをシェイクで飲むのが好きであった。
だが、本来マティーニは風味を楽しむカクテルで、ステアする酒である。

酒の通からいわせるとイアン・フレミングは酒をわかっていないとなるのだろうが、これは好みである。

私も、とても通とはいえない飲み方がすきなのである。
そう、私はロックで飲むのが好きなのである。

つまり冷たくして飲むのが。
いかに風味と味をそこなおうとも、その冷たい酒が口から喉を通ってゆく感覚、味わいがたまらなく好きなのである。
この私の好みは、たとえ酒のわからない素人の、いや、バカの飲み方だといわれようが私にとっては一番美味しい酒の飲みかたであり、決して誰にも否定はさせない。

つまり、その人が一番すきで、うまく酒を感じる飲み方を他人がとやかくいうことは出来ないのである。



そして、映画と似ているという意味は、つまり酒にもその人特有の想いが、想い出が存在する。

そして、それは酒の味となる・・・・。




実は今、テレビドラマ「相棒」のシーズン6の第14話をみている。

そう私がすきなシーズン1の第7話で登場した蟹江敬三演じるバーテンダーが再び登場する回である。

この話の中でもでてくるが、酒にはその飲む人の想い出が含まれている。

そう、いかに同じ値段で美味しい酒が他にあろうとも、その人にとっては一般的にまずいとされている酒が最高に美味しい場合がある。
そう、それは純粋にその味で飲んでいるのではない。

そう、それは飲み方にも言えるのかもしれない。
単純にそれが好きだからというが、それには味という点の他に、その飲み方に想い出があるのかもしれない・・・。

そしてさらにいえば人の味覚は様々なのである。

まあ、それを言ってしまうとこの記事内容を自身で否定しまうことになるが、つまり酒の飲み方、いや正確には楽しみかたは人と様々。

それを杓子定規に型にはめるのは、真に酒を理解していない者ではないかと私は思う。

いかに有名で、著名なバーテンダーがいようとも、客に強要する者は真のバーテンダーではないと私は思う。
もちろん、客が問うてきた場合は別であるが。

勧めるのと強要し、否定するのは別である。


客の好きなように、好きなものを飲ませる。
たとえ勧められないような酒であっても、その人には美味しく、美しい想い出がこめらた酒であるかもしれない・・・・。

バーテンダーとは優しいとまり木。
そうあるべきである。

プロにはプロの飲み方があるのであろう。
しかし、実際に飲むのは素人である。
そのプロの飲み方が、かならずしも想い出を含む真なる酒の本当の美味い飲み方であるとは限らない。

映画同様、酒もその人が楽しむものである。
その意味でも、「相棒」の中で、評論家がいっていたようにウイスキー、いや酒は芸術品なんかではない。
そのこだわった製法などは映画の製作と同じ、つくりとの職人としての最高の技、つまり芸術の域ともいえる想いがこめらているのはたしかだが、決してそれは芸術品なんかではない。

だれもが、楽しめるものなのである。
ただ、酒のが映画と違い均一料金ではない。
中には、年代ものでとても高価なものが存在する。単純値段的な面からいえば酒のが芸術的かもしれない。
一杯で何万円もする酒は現実問題として、庶民には気安く手がだせるものではないことは確かである。
しかし、そうであるからといって、やはり私は映画同様、酒もけっして芸術品などとは想わない、いや、想えない。
そんなものであっては決してならないのである。

やはり酒はあくまで、嗜好品である。

なぜなら、酒とは人が飲む為につくられるからである。
飲んでこそ、飲まれてこそ、ナンボ。
私にはいくらいい酒だからといって、大事にとっておくことは理解できない。
まあ、熟成させるというのならもちろん話しは別だが。
酒は飲むものである。

飲まなければ、その味も分からない・・・・。
そして、プロでない限り、その酒の味というものは、全てではないにしろ、純粋な味だけを楽しんでいるのではけっしてない。
私はそう思う。


そして、私はやはりその想い出も含むという点で、その直接的でない要因によりそのものに対する印象が影響をうけるという点で、映画と酒は非常に似ていると思う・・・・。


想い出はとは、人の心に刻まれる貴重なもの。
全てが美しいとは限らない。

しかし、その想いは心に響き五感をも震わす。

まずいのものを美味しく感じさせる場合もあれば、その逆も。
美しいものを醜い感じさせる場合もあれば、その逆も。

そう、喜劇さえも悲劇と感じさせることも・・・・。


歌も似ているが、酒は、その味を楽しむ場合に想い出を同時に楽しんでいる時がある。
その想い出を邪魔する権利は、誰にも、そしてどんな常識という壁にもそれはない・・・・。
当然、非合法なことは論外だが・・・・。



「相棒」のシーズン6第14話、私は1st7話同様、心につよく響くものを感じる。

酒も映画もそれを楽しむのに知識など必要ないのである。
そう、それがあればより楽しむことができるのかもしれない。

しかし、私もムキになって記事を書いたことがあるが、人の感じる思いは、どうしようもない・・・・。
最後は知識など関係ないのである。
とくに酒はそうである。
そう、似ているが同じとは私は言わない、この二つが。

酒は、それを楽しむのに知識や、常識など必要ない。

それを笑うものがいれば、それを酒に対する冒涜だなどと言うものがいれば、
そいつは真に酒が何たるかを全く理解していない・・・・。

哀しい、愚かな人物である・・・・。













私が一番うまいと思っているバーボン「イエローストーン」。
それは単に味が美味いと、旨いと思っているのだろうか、いや、私の口に合うと、そう思っているのだろうか・・・。
もしかしたら、それは私の思いではなく、本当はそう思わせる想いなのかもしれない・・・・・。







どんな過去でも記憶しておくことから全ては始まる・・・・・。





私はこの「相棒」の1st7話と6th14話に、単純な作品内容よりも深い特別な想いをよせているのであろう・・・・。







人が酒に求めるのは決して味だけではない・・・・・・・。
それは・・・・・・、想い出・・・・・・。









































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