取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 愚かな最高裁 

<<   作成日時 : 2009/12/09 23:30   >>

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チューブでつながれ、機械によって生きている、いや、生かされていることが人間としての生とは思えない。

いや、それは人間としては、生きていない。


故に、殺人にはあたらない。
もう、人間ではないのだから。


チューブにつながれ、無理やり生かされる、死ねない人間をつくることは罪である。
静かにおくってやる。
これは人間的な行為、そう、優しさ、これも治療、医療なのである。


最高裁判所は、間違っている。
愚か者でしかない・・・・・。


多くの反論もあろうが、私は一切うけつけない・・・。
そしてそれは、明らかに間違いである。


人間の傲慢、エゴでしかない。



心臓だけうごいていればいいのか。
脳が・・・・・、
意志を、意識があってこそ、人間なのである・・・・・・






【追記】

意志が、意識があってこそ人間。
植物状態は人間としての生では決してない。

なぜ、こんな当たり前のことがわからないのだろうか。
私は不思議でたまらない。

延命とは間違いで、遅死なのである。

そう、死を迎えた人間の、その静かな眠りを無理矢理に遅らせているのである。
遺族のエゴと医療という名の勘違いによって、治療という名のエゴで・・・・・・。

私には静かに眠れない人間が可哀相でならない。
何故、静かに送ってやらないのか・・・・。

鬼畜の狂行としか思えない。





無理矢理に生かす行為、これこそが犯罪なのである。


人間としての終着駅を迎えた人を、何故静かに送ってやることができないのか。

その人間としての終わりを理解してあげないのか。
愚か者、エゴ、それ以外の何者でもない。

手を尽くしたあとに、その時をむかえた場合に静かに送ってやる。
そして遺族を納得させる。これこそが真の医療、治療である。




ただ、この場合はその確定的な一歩手前の段階での処置だったのかもしれない、だが確実に・・・・・。

たしかに奇跡はおこる可能性がある、だが、大部分は死にきれない、機械によって無理矢理生かされるもはや人間ではないものをつくりだすだけ。
生きるのではない、死なさない、そうまさに遅死。
これこそ罪。

殺人罪には疑問を感じざるを得ない。

最高裁など所詮この程度の愚か者の・・・・・。
彼らは無実の人間を罪とした、最大の誤審をしたのである。
この裁判官こそ罪人である。


話にならない・・・・・・・。


私はそう思う・・・・・・・・・・・・・・・









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