取手物語〜取手より愛をこめて

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zoom RSS 「予科練記念館 雄翔館」と「予科練平和記念館」(阿見) 英雄たちをわずかでも知り、慰霊する・・・・。

<<   作成日時 : 2010/07/25 08:20   >>

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7月24日に、阿見の自衛隊駐屯地内にある「予科練記念館 雄翔館」と、その隣にある町営の「予科練平和記念館」に行ってきた。

「雄翔館」は無料で、「予科練平和記念館」は500円。

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山本五十六元帥。

彼はいち早く航空機時代到来を先読みし、日米を冷静に分析していた。
日独伊三国同盟にも反対し、大艦巨砲主義の象徴でもある戦艦大和の建造にも反対、日米開戦にも反対していた。

大きな流れは止めようもなく、やるからには、

「短期決戦・早期和平」

を提唱し、国力の差を冷静にみていた。

真珠湾攻撃で、全世界に航空機時代の幕開けを知らしめておきながら、大日本帝国は、大艦巨砲主義を捨てずにその前年には悲劇の戦艦、大和・武蔵を完成させている・・・・・・。

そして、よく真珠湾陰謀説、「リメンバー・パールハーバー」などと言われるが、その米軍が察していたかどうかの真偽はともかく、実際に敵空母が1隻も居なかったことに、五十六は「それでは意味がない」というよな旨の発言をしたといわれている・・・。


山本五十六、

彼は優秀な司令官であった・・・・・・。


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結果、民主主義を歩み出した日本はよかったのだが(軍国主義はいずれ・・・・・)、
単純なそして純粋な日本人としての想いが心のどこかにある。

以前、洋画「パールハーバー」を当時の彼女と鑑賞したとき、奇襲成功の場面でおもわずガッツポーズを私はしてしまい、「恥ずかしいからやめて」と、彼女に言われた・・・・・。



戦争は二度とおこしてはいけない。
たが、末端の国民、兵士達の想いは・・・・・。

そう、だれも戦争などしたくない、あたりまである。
死にたいなど想うはずもない・・・・・。


故に、

まさに涙がでる。


「雄翔館」でみた、
多くの遺品、遺書。

そして、電文の写し。

「新高山 上れ 一二〇八」や、「トラ トラ トラ」。

複雑な想いにかられる・・・・・・・。


「予科練平和記念館」でみた、
少年たちが送った予科練での日々・・・・。


愛する者たちを、自分が守らずして誰が守る。
みすみす米兵達に殺されていいのか。

本意でなくとも、国同士の殺し合い、それが醜い、愚かな戦争の現実である。

その時代に生きた者たち。


日本男児として、家族を、愛する人を守らなくてはならない。
それは単純な、純粋な想いなのである。

決して、愚かとか、洗脳ではない。
その時代に生きた、末端の兵士達の、男達の、日本男児としての紛れもない本音なのである。

愛する者を守るために、死にたくないと泣き叫びながら散ってゆく・・・・・・・・・。
そこに綺麗事など微塵もない。
その姿は決して美しくなどはない。


あるのは、
厳しい、過酷な現実と勇敢な熱い想い・・・・・。




今一度言おう。
決して、戦争を肯定などしない。戦争を美化などしない。
そして、神風特別攻撃隊や、回天、その他の特攻を美化などしない。

ただ、その時代に生きた彼らの純粋な想い、国を、愛する人達を守りたいというその想いを、勇気を否定など絶対にさせない。
彼ははまちがいなく勇敢でそして英雄である。


その彼らの尊い命をかけたその勇気を讃えないものは愚か者である。
彼らを英雄視することと戦争肯定・戦争美化を一緒くたにするような考えは明らかに愚か者で、間違いである。
私はそう断言する。


そう、予科練での彼らの日々を知っるべきである。
そして、今の時代にのほほんと生きている私たちが、彼らのことを否定することなど、特攻などなんて愚かなことだなどと言うことは決してできないのである。


あこがれの七つ釦。

それは生きる為であったかもしれない。
そして、家族を養う為であったかもしれない。

憧れであった。
空を、飛びたかった。

そんな彼らの純粋で必死な想い。
そんな、過酷な日々を送った優秀な彼らが犬死になどするわけがない。

そう、すべては愛するものを守るため・・・・・。
その想いのために・・・・。


戦争は二度と、決して行ってはいけない愚かな行為である。罪である。


しかし、特攻していった若い命は、そのひとつひとつは尊く、純粋で、そして間違いなく彼らは勇敢なる英雄である。
そんな、彼らを讃え、慰霊する気持ちを私達はもたなくてはならない。

そして、これは彼らからの大きなメッセージなのである。
これから今を生きる我々が平和な世界を目指す為。

戦争のエピローグであり、平和へのプロローグ。

特攻にはそんな彼らの、その時代に生きた、純粋な若者たちのそんな想いが込められている・・・・。




彼らの、英雄達の勇敢な姿を、想いを、行動を知り、戦争の愚かさを、戦争の大罪を知る必要があるのである。

そう、特攻とは、いや特攻に限らず戦死した末端の若い兵士達は、間違いなく勇敢であり、
彼らは間違いなく英雄である。
そして、その英雄たちが何故あのような散り方を、若い命を懸けなければならなかったのか。
そこに、戦争の大罪を、愚かさを知るべきなのである。

それを一緒くたにする愚か者は、まったくもって話しにならない。
理解でできないのである。

特攻英雄視=戦争美化などということは間違った愚かな者の見識に他ならない。
哀れである・・・・・。






特攻していった彼らの為にも、
いや、当時日本を守るため、愛する人を守る為に戦った全ての日本国民の為にも、

毎日を大事に生きなくてはと、改めて心に思い知らされる一日であった・・・・・。













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