市川崑の金田一耕助  「獄門島」、雨宮の存在・・・

市川+石坂コンビの金田一シリーズで最大の疑問がある。

一番影響してくるのは「獄門島」。
原作では、復員船の中で鬼頭千万太から三人の妹を守ってくれとたのまれるのは金田一耕助本人。
しかし、市川監督は、わざわざ雨宮という人物を創作し、間に介した。
つまり、金田一耕助が戦争にいっていない設定になっている。
何故だろう・・・
私はその真意が未だにわからないでいた。

前にもの述べたが、市川崑の金田一耕助は原作とは違う部分がある(http://toridestory.at.webry.info/200608/article_17.html)。

横溝正史はハンサム過ぎることをのぞけば原作に近いと言った。
原作では金田一は警察界では有名で、警視庁の等々力警部、岡山県警の磯川警部と友人である。そして、二人とも金田一先生と呼んでいる。他の依頼人などからもそう呼ばれることが多い。また、酒も飲むし、煙草も吸う。
性格に関しても原作のがもっと図々しい面があり、くせのある人物である。

石坂金田一はその原作に比べると、より素朴でおとなしい印象をうける。煙草も吸わない。
私は市川監督が石坂金田一へのイメージを大事にする為に、そして私が一番つよく抱いているイメージでもあり、市川監督も原作から十分把握している、金田一=風来坊のイメージを大切にしていることから、戦争へはいっていない設定にしたのかと想像していた。が、確信はなく、前述通り真意の程は不明であった。

しかし先日、私などよりも探偵ものに探求が深く、するどい考察をする「めとろん」さんの『思いつき「犬神家の一族」考(http://blogs.dion.ne.jp/metrofarce7/archives/4348423.html#more
』を読んだ。


>また、敗戦直後の、原作の時代そのままでやることに関してー。
市川監督「それと、やはり戦争が犬神家の運命をいろいろ変貌させていった、ということを、ドラマの背景に置いているわけです。戦争はいけない、戦争はやめろということは、堅苦しい言い方ではないけれど、何べん言っても差しつかえないことですからね。」

⇒「ビルマの竪琴」「野火」等の反戦映画を監督した市川崑監督ならではの視点。監督にとって、「犬神家の一族」は”反戦映画”の変化球であったことがわかります。映画の”豊潤さ”とは、このような多角的なテーマの混在によって、そのせめぎ合いの中から生まれるのでしょう。


私は映画の趣味がかなり偏っていて、アクション、ミステリー、サスペンスものの鑑賞がほとんどある。その為、市川作品も金田一と「天河・・・」以外はみていなかった。
その為、市川監督の反戦への思いなど、知るよしもなかったのである。

この反戦映画の変化球の「犬神」をシリーズ1作目にし、キャラを確定したため、シリーズを通してその設定を守ったのか。

また、「めとろん」さんはコメントで
>"反戦映画"という側面も勿論あると思いますし、市川監督がもつ"金田一耕助像"="天使"というコンセプトからすれば、彼から極力、その生い立ちや生活臭を排除しようとなさったのでは、と思えます。

なるほどと思った。
繰り返しになるが、私のつよいイメージ風来坊=金田一からも、その生い立ちや生活臭は邪魔になる気がする。

依然、真意の程は私には不明だが、この「めとろん」さんの記事&コメントを読んで、少し霧がはれたような思いがした。

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