市川崑の金田一耕助 ~「金田一です。」(石坂浩二著) 天使のような風来坊2 (追記)

「犬神家の一族」(2006)を鑑賞してから約半月。ここへきてようやく「金田一です。」(石坂浩二著)に目を通した。

この本の“序文”として市川崑監督のことばが記されている。

>映像化に際しては~扮装は全く同じにする。しかし原作のように有名人にしない。年齢も不詳だ。誰もが、この雇った風采のあがらない男に事件が解決できるのかと思う。 中略
~どの物語も親と子の願望と愛憎を、殺人の美学と交錯させらがら展開していくのだが、そんな極彩色の世界に金田一が飛び込む。彼のさわやかな孤独感と透明な客観性が映画のもう一つの主題になる。
このように分析していゆくと、こんなことが考えられる~金田一は天使ではないか。

この市川金田一の話を横溝正史にしたところ、快諾いただいたとある。

そして、市川監督は風来坊のキャラも大事にされている。
製作発表で市川監督は、
「年齢のことは知らんふりして、石坂さんに同じように風来坊の金田一をやってもらう」
と発言している。

また「犬神」のプログラムで、
>彼はどこか清純で透き通った推理力を持っていると
とも発言がある。

これが『市川崑の金田一耕助』の真実である。

わたしが疑問に思っていた市川金田一が戦争にいっていない設定(http://toridestory.at.webry.info/200610/article_29.html)になっているのも、理由はここにあった。
「犬神」のプログラム・「金田一です。」を読んで長年の疑問が晴れた・・・



さらに、この本は私に大変なショックと感動をあたえてくれた。

まず、私はこのブログを始めて間もない頃『市川崑の金田一耕助』(http://toridestory.at.webry.info/200608/article_17.html)という記事を書いた。

この中で私は市川金田一に私なりのハードボイルドを感じると記述した。
私は市川版で金田一のファンになり、その後原作を読みあさった。しかし、それは20年前の話で原作を読んだのは1,2度。しかし市川版はどの作品も20回以上鑑賞している。
そして、20年ぶりに「悪魔の降誕祭」を読み返して、このブログでも何度も記述している等々力警部のあのセリフで、その私なりのハードボイルドを感じる金田一独自のヒューマニズムは原作によりものであると訂正したのである。

参照記事(http://toridestory.at.webry.info/200608/article_23.html
       http://toridestory.at.webry.info/200609/article_25.html

それは厳密な意味ではまちがいであった。
市川監督は横溝ファンで原作も読まれている。そして深い理解をもっている。その監督が原作の金田一独自のヒューマニズムを知らないわけがない。しかし、監督は監督で市川金田一を上記のようにつくりあげた。つまり原作のヒューマニズムの丸写しでなく、それをも含めた上で自分の映像作品用の市川金田一をつくりあげたのである。
その点からすると、私が金田一独自のヒューマニズムは原作によるものであるという記述は厳密には正しくなくなる・・・


もう1点、佐兵衛翁の怨念・想念についても厳密にいうと思い違いをしていた。

佐兵衛翁は青年時、恩人野々宮大弐と男色関係になり、その妻・晴世とも関係をもつ。不倫になるわけだが、それは女性に性的不能な大弐がわざとそうさせ、黙認する。この奇妙な三角関係の中、佐兵衛翁は本気で晴世を愛してしまう。そして、珠世の母となる祝子が誕生し、野々宮家の子として籍に入れられる。その秘められた恋・複雑な人間関係に苦悩する。その鬱積した思いがあらゆる欲へと転化し、犬神製薬の躍進にもつながり、他の快楽を満たすだけの女やその娘達には本当の愛をみせない。それが怨念というゆがんだ感情へ変化する。そしてあの遺言状を書かせたのである。
ただ、それは佐兵衛翁の血と狂気にみちた至上の愛ゆえに、つまりは本当に愛し女の孫・珠世につがせたい深い思いだとおもっていた。そして、その愛は、大小は別にして自らの意志で愛した女の子供・静馬にもと。それが、珠世が相続権を失った場合の遺産配分にあらわれている。

そしてその珠世に継がせたいとの思いで、松子はその見えない力、呪縛にとりつかれ行動してしまうと思っていた。

ただ本書に原作の引用がある、

>(佐兵衛)翁はおのれ百年ののち、松子、竹子、梅子の三人のあいだに血で血を洗うような葛藤の、おこることをのぞんでわざとあのような怪奇な遺言状をつくったのではなかろうか
(「犬神家の一族」角川文庫版より)

佐兵衛翁の怨念はもっと恐ろしいところにもおよんでいた。三人娘をその呪縛によって自滅させる。私も原作は一度よんでいるのだが、20年前で全くわすれていた・・・

この点、石坂浩二氏は犬神家は自己崩壊するしかなっかた、それが必然であったと記述している。犬神家の3人姉妹は所詮、佐兵衛翁と運命を共にする存在にすぎなかったと。
その中で珠世は佐兵衛翁の呪縛を逃れ、自分の人生を生き始めているつよい女性なのだと。

たしかにそうです。珠世は怨念の対象ではありませんし、松子婦人が心配するまでもなく彼女は犬神一族の中で既に佐兵衛翁の怨念・呪縛を逃れ自立したつよい立場にあると感じます。
自分が没した後、自己崩壊するのが必然である一族、だれが配偶者になろうとも、一族内で自立して崩壊の外にいる珠世に継がせるしかないのである。むろん、そうさせたのは佐兵衛翁本人であるのだが・・・・
ただ、その中でもやはり孫、血族を当然ながら優先している。そして、珠世が相続権を失った場合は別で、その段ではじめて静馬に財産相続の権利がうまれ、さらに三人の孫が相続権を失った時は、全権利を静馬に与えることのぞんだ。(リメイクで遺言の全文が読まれないのがやはり私は不満に感じる)
そして、静馬さえみつからない場合は、その全財産は犬神奉公会へ全納としている。
やはり、珠世の存在はあまりに大きい、そして孫、やはり孫はかわいいのであろうか、いやそれも珠世の意志ひとつである。そして3人娘の記述は一切なく、最悪は静馬へと移る。この時、佐清のフリをしていた静馬はどう感じたのだろうか、もはや復讐で耳を貸す気持ちはなかったのか・・・。
さらに、よくよくは犬神奉公会へと。やはり佐兵衛翁のその怨念、3人娘はその呪縛からはのがれられない、死なずとも佐兵衛翁と一緒に崩壊しかないのである。

私はやはり、「犬神家の一族」の核は、製作している監督の思いや、主演俳優が感じる思いと多少づれるかもしれないが、佐兵衛翁の血と狂気にみちた至上の愛、そしてその怨念にも転じる愛は私の思っていた以上に強く、深く、重いものであると感じた・・・。


さらに、私が思うところの金田一耕助に感じるハードボイルド、原作にあるところのヒューマニズムに関して、市川版はどうとらえているのか。

主演の石坂浩二氏は次のように語っている。

>金田一耕助はコロスだと。

コロスとは、日本語で合唱隊、神々の代弁者。

>中央で展開される破局へと突っ走る悲劇を、悩みくるしにながらも最後まで見届けるコロス。舞台の中央へは登場することのないコロス。
~ 探偵こそは自らが犯人にならない限りは、主人公になれない運命を背負っているのです。だからこそ彼らは、なぜかためらいと淋しさの微笑みを感じさせてくれるのでしょう。

そして、一同そろっての謎解きのシーン。

>勘づいていながら、金田一は松子婦人の思い通りにさせたんだ、と僕は思う。
>二人(松子と金田一)の間には暗黙の了解さえあったと思うのです。

私も当然そう感じます、しかし暗黙の了解までとは私には感じとれません。

また、石坂氏は、
>コロスの理論で解釈すれば、犬神家の運命は〈自己崩壊〉しかなかった・・・
>松子婦人をみんなっで見送る場を用意した金田一。

と記述している。
犬神家は自己崩壊の運命しかなかった、これはショックでしたが、たしかにそうです。佐兵衛翁の愛、その転じた怨念の深さに気付いたとき、私も同意せずにはいられませんでした。
ただ、みんなで見送る場を用意しましたが、そこはには彼なりのそのヒューマニズムの中での迷いがあったろうと私は感じます(http://toridestory.at.webry.info/200610/article_8.html)。これは主演俳優がその思いを感じずとも、作品をみた私にはそうと感じとれます・・・。
この点は、どうしてもオリジナルの印象がつよく、私個人でもオリジナルの解釈のが好きなのです。リメイクではこのように感じとることはできません。それは当然、上記の通り主演俳優がオリジナル通り演じておらず、“暗黙の了解”“みんなで見送る”との思いで演じている為である。これ点、私はリメイクでの不満な点のひとつです。

ともかく、金田一はコロス(第三者的な立場)として、その一族の行く末、つまりは佐兵衛翁のつよい愛、怨念そしてそれ故に彼が何を望んだかを理解していた。そして珠世が強い女性で、犬神家の因縁からもはや解き放たれた存在であることも。石坂氏はこのように語っている。

この本を読んだ今、私は大変ショックを感じた。ただその思いには同意せざるを得ません。

その理由の前に、石坂氏は、金田一はコロスである との考え。そこにはやはり、市川監督が求めていたものが大きく影響していたと記述している。
>『石坂くん、金田一耕助は神様なんだよ』
 それもえらい神様ではないんだ。神の遣い、天使なんだよ。
 『神様というのは、実際、何もしないものなんだ』
 『事件が起きても何もしない。悲劇がおきても何もしない。何の手も下さない』だからこそ神様なんだよ、と。
~ 彼はただ、見守っているだけである。それでいいんだ、神様なんだから。

石坂氏は、これを聞いて、非常に市川さん的な神サマだなと感じたと記述している。

この言葉が市川崑の金田一耕助の全てであろう。これが市川監督が原作をも深く理解した上で映像上最適であるとつくりだした、市川金田一の全ての意味を含んだ監督なりの非常に意味の深い表現なのであろう。
私はそこに、そこにこそ、あのハードボイルドを市川金田一に感じたのであろう。


更に石坂氏は、だからこそ金田一の謎解きは手がかりがとても人間的と記述している。
>物証からではなく、人間くさい事柄から推理が始まるのです。
この部分、私はそうであると感じるがそれが全てではないと思う。「犬神」でも金田一は若林殺害時から煙草に目をつけている。

しかし、次の部分はおおいに同感。
>「血の流れの匂い」を嗅ぎつけるのがとても上手な人物です。その根底には〈共感〉があるのではないか。

そして、人間はミラーボールのようだとの旨も記述している。つまりは、
>球体ゆえに、ある面には必ずその反対側の面がある。
それが人間、人の気持ちであると。つまりひとつの思いには表裏一体としてまったく反対の思いも存在するはずだと。

これは私もまさしくそう思います。これは以前ブログの記事で、アニメの「名探偵コナン」は好きだが、そのなかでの決め文句、『真実はいつもひとつ』に違和感を感じると記述した(http://toridestory.at.webry.info/200609/article_1.html)。
まさにこれです。

そして、石坂氏は横溝正史の原作にも及び、
金田一が以前、麻薬に溺れ、放浪し、孤独感を漂わせている点、この陰が、探偵として犯罪という陰をの存在を気づかせる。そして人の気持ちがミラーボールであると知っている。つまり人は多面身体なのだということをきちんと理解している男だと。

この点、私も以前から感じていた部分で、原作で金田一は渡米し、麻薬にも一時溺れ、その時代、つまり戦後の闇の部分を生き抜いてきた男であることが、その人の他面性をおおいに理解し彼の前にたちはだかる複雑な事件に彼なりの解釈をもつことになると思う。

そして、上記の〈共感〉、これが重要であると思う。

以前も記事でしるしたが、市川版「病院坂」で、草刈正雄のセリフに
『金田一さんは、犯人に同情的なんですねぇ・・・』
金田一はかなしそうな顔をして、何も答えない。
と、いうシーンがあります。

つまり金田一耕助は、その奥深い真相を理解し、犯人に共感を覚える場合が事件によってはあるのである。

つまりこれが、上記で先送りにした犬神家で石坂氏の思いに同意せざるを得ない理由である。
金田一耕助は、佐兵衛翁の複雑な人間関係から生じたその苦しみや思いを理解し、彼に共感したのである。故に、この犬神の事件は佐兵衛翁がやらせているように思えると発言しているわけである。
つまり佐兵衛翁の真の願い、狙いを理解していた。そして上記の通り、珠世が強い女性であることも。石坂氏も記述しているが、金田一は何故この野々宮珠世が平然と犬神家に住み続けているのか、その疑問があったはずです。これは私も不思議に思えた点でした。金田一は珠世の素性が判明した時にこれだと思ったはずです。この女性は気がついていたと。
石坂氏はこのように記述している。同感である。
それにより、第三者的な立場で見守ったのである。事件の真相は暴きつつも・・・。
金田一は共感するということは彼の中でその思いが理解でき、それが彼なりに正しいと当然思っているのである。
佐兵衛翁もその愛を通し、そして珠世の意志にまかせた、つまり珠世の強さに気づいていたのではないだろうか。まさに珠世の意志ひとつ、珠世が犬神に残らない場合、残るは犬神の自己崩壊、これが至上の愛の結果であろう。
佐兵衛翁が望んだこと、それは自分の怨念とともその呪縛に縛られた一族を崩壊させ、自分の呪縛外にある、真に愛した女の孫・珠世に新しい犬神家として託すこと。金田一はそれに気づいていたのだと思う。ゆえに松子婦人もみずからに裁きをさせた。
ただ・・・、確かに金田一がここまで深い考えがあったことはこの本を読んだあとでは否定できない、いや、そうであるとしか思えない。
『僕はこう思うんです、あなた佐兵衛翁の望んだことをあなた自信の手で実行してしまったんですね。』これは、大変深い意味のある発言で、これがそれを証明している発言である。
しかし、金田一は〈共感〉という部分で、松子婦人にも共感していた。呪縛にとりつかれ、息子を思い、惨劇をくりかえした。彼女にも金田一は共感したはずである。そしてすべてを成し遂げた時、彼女が自分自身どうしたいかも・・・
その思いも当然あったはずである・・・。

やはり私はここにハードボイルドを感じる、つまりは優しさ・・・。


そして、プログラムを読んだ時にも記述しましたが、あのラスト。
風来坊にふさわしいラストといえよう。

画像
          「あの人はまるで天からきた人のようだな・・・」


他にもこの「金田一です。」は大変興味深い内容がかかれています。

石坂氏の金田一に対するある独自の思い。またそれを実際の演技で実践したこと。また、市川監督の演出のこだわりや、構図つまり、人間配置へのこだわり。

そして私が何十回とみていて気がつかなかった、最後の謎解きシーンでのある背景の演出。これには驚きました。

そして、オリジナル時の金田一のオファー時の話や、横溝正史にいわれたある言葉、そしてリメイク時のオファー時の話などその他にも、非常に面白く興味深い内容です。

この本は、何十回と鑑賞している「犬神家の一族」の奥深さ、つまりは自分の理解力のなさを痛感しました。
上記のような考えをすると、「獄門島」で勝野を無言で見送った後、早苗とする会話の内容もうわべだけのものでなく、金田一はあとのことも考えていたように思う。
横溝正史は奥がホントに深い・・・。

是非、未読の方は購入されて読んでみて下さい。


金田一です。

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