原爆投下への賠償金?

今、太田総理というバカ番組ちょっとみてしまった。

原爆、核は使ってはいけない、それは道理、当たり前。
そんなことは世界中の誰もが知っていること。


しかし、広島、長崎の人には大変もうしわけないが、当時の日本人が原爆なしであきらめたか。
本土決戦になって国民1人残らず死ぬまでたたかったのではないか?
いや、そうである。

特攻とは欧米人には理解しがたい恐怖である。
日本人はけっしてあきらめない。
槍ひとつ、包丁ひとつになっても戦ってやる。
実際の戦争をしらないからそんなことをいうという人もいるだろう。
しかし、国がなくなるのだ。母艦を失った艦載機はどうする、散るしかない!!
私はその性格から真っ先に敵兵につっこんで殺されるかもしれない。何の役にもたたないかもしれない。しかし、できるなら、1人でもいい、差し違えてやる!


そして、もし天皇がやられていたら、日本はそれこそ収拾がつかなかったであろう。

私はいたって冷静である。
今の日本人では無理である。

しかし当時は、本意ではないかもしれない、しかし・・・。

靖国で会おうと散っていった若い戦士達。

『特攻に行けることが至高の喜びであります』と遺書を残した青年将校。
本意ではないかもしれない、狂っている。

その狂っている国相手に、根性のない欧米人どもは恐怖したに違いない。
あの戦争は原爆によって終わった、これは紛れもない事実である。

そして、日本も核兵器を開発していた。もし日本が先に開発を終えていたら、間違いなく使用した。
そして、逆の立場の場合、日本人なら間違いなく皇居に最初の1発を落とした。
それが、大きな間違いになったかもしれない、日本人相手の場合。
アメリカ相手ならそれはそれで終わったであろう・・・。


私は広島・長崎の被爆者の方達に無礼を言うつもりはない。
ただこれが事実であり、戦争とは殺しあい。兵隊も民間人もない。
私にすれば休戦という事自体が理解できない。

人間性をとわれてもいい。これが私の想いである。

哀しいことかもしれない。
いや、哀しい人間なのでしょう。

しかし、個人としての想い、考えは変わらない。

私の祖父は、傷痍軍人の申請をしなかった。
なぜなら、自分の目の前で多くの戦友達が死んでいった。その者達に言い訳がつかない。生き残ったことが恥じなのである・・・・。

私はこの祖父にかわいがられ、育てられた。
哀しいかなこれが事実。

そして、なにをいう、私はその祖父を大変、尊敬している。


いつもながら反論があればいらくらでもどうぞ。
しかし、私のこの考えは一切、変わらない!!!
議論する気など毛頭ない!!!!!!!


本来、というか今までこの手の記事は書かずに自分を押さえてきたが、最近酒がはいると自分が押さえられないようである・・・・・。




※私は性格的にカッとなるタイプで、酒も入っており、番組をみていて自分を押さえきれずにキーボードをうってしまいました。
その時をすぎれば、すぐにおちつくのですが・・・・。

最近このようなことが頻繁にあるのですが、この記事もあえて残します。これが要は私の本心・・・・。

この性格直さないとそのうち、どこかでケンカして殺されるかも・・・・。
でももう、直らないね・・・・。



後記;こりゃ、アクセスは減るね!
    最近、もう歳だね、でも気だけは反比例して短くなっていくような・・・・。
    若いんだね、いや、子供だとの意見も・・・・。



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