曖昧な映画のラスト・・・・

これは当然ありです。


というか、これを認めない奴は映画をみないでほしい。

自分の見方をすればいいのです。
映画とは結局、自分の見方、想いでしかみれない。
正解があろうとも、自分がそう感じたものが所詮全てなのです。



つまり、どちらか、ハッキリはせずとも、自分の見方で、どちらかに必ずなるのです。

どっちともとれるが、私はこう想う。こうあってほしいと・・・・・





ハッキリ描くことがすべてではない。

自分の中でどちらかハッキリしないのは、
それはその鑑賞者が映画にはいりこめていないだけなのである。





反論が私には理解できない。


どちらにもとれるシーンでも、自分の中ではどちらかになっているのです。

ましてや、それがラストなら、どっちかわからないなどということはない。

鑑賞した人間の想いがかならずどちらかにさせる。

時に、それは制作者の想いと異なるかもしれない。それが映画なんです。

そして、全てではないが、そのようなラストが適した映画も当然あるのです。



曖昧なラストが嫌いなどという奴は、映画を鑑賞する資格がない・・・・・・

哀しいことです・・・・






つまり、曖昧なラストなど存在しないのです・・・・・・













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