市川崑の金田一耕助 「悪魔の手毬唄」 ~愛に満ち溢れた作品・・・。

私は過去に市川版「悪魔の手毬唄」について、2つの記事を記述している。

『村に伝わる手毬唄、それは悪魔の殺しの数え唄に・・・ 「悪魔の手毬唄」』
http://toridestory.at.webry.info/200609/article_6.html

『「悪魔の手毬唄」 本筋と側面~磯川警部、20年来の想い 』
http://toridestory.at.webry.info/200611/article_15.html


実は、今回完全にその内容を忘れていた原作「悪魔の手毬唄」を25年位ぶりに読み直し、衝撃をうけた。この原作についての感想は後日、別に記事を記述するが、原作を読んだことで今一度、市川版を見直す必要があると感じた。

当たり前のことながら、原作と映画は別ものであると、つくづく痛感した。そして、やはり比べてはいけないのだと・・・。基本はひとつの独立した作品として鑑賞すべきだと。しかしそれは無理、してしまう。そして、原作を読んだ以上、その原作に対する思いから見方が変わる。今回はそこを記述する。

最初に、記述してしまうと、私は原作と市川版では放庵のイメージがまるで違った。そしてリカに対する思いも・・・。


市川版「悪魔の手毬唄」はもう何十回と鑑賞している映画である。
今回、あらためて見直すまでのこの市川版の私の思いは当然、二度目の記事がそうであるのだが、前回は、ブタネコさんとめとろんさんの「悪魔の手毬唄」に関する記事を2つ拝読して、

(ブタネコさん http://buta-neko.com/blog/archives/2006/11/post_329.html
(めとろんさん http://blogs.dion.ne.jp/metrofarce7/archives/4466397.html#more
         http://blogs.dion.ne.jp/metrofarce7/archives/2888237.html

その内容に共感し、感動し、また刺激をうけ、記事を書いた。
つまり自分では原作を完全に忘れているのだが、お二方の記事内容を、特にめとろんさんの記事を参考に、自分なりにその内容に当然影響も受け、自分なりに再考したのである。その中で自分なり新しい発見をする部分があった。そしてより深く考察することができた。この点はとても感謝している。

しかし、今回自ら原作全文を読み直して、前回の自分で記述した記事内容と一部違う思いを自分で感じた。
そこで、あらためて市川版を見直し、三度、市川版「悪魔の手毬唄」を記事し、厳密には四度その思いを語ってみる。

その前にひとこと申し上げておく。これはあくまで私が思う感想で、決して他の方の思いを否定するものではない。同じものを読んだり、見たりしても人それぞれ、様々な思いを感じる。それが当たり前であるし、それだけ横溝正史が奥が深いという事の証明であると感じる。


以下の内容が私の原作を読んだことを踏まえての最新の、今の、この映画に対する思いである。


「悪魔の手毬唄」  1977年  東宝

監督 市川崑
原作 横溝正史
脚本 久里子亭

主演 石坂浩二



私はこの「悪魔の手毬唄」、このタイトルの悪魔、これは原作ではやはり、リカであると感じた。これは何を言っているんだと、当たり前ではないか、という方が多いかもしれません。しかし、市川版を何十回と鑑賞している私はここが素直に受け入れられなかった。
ただ、原作においても、それでけではない、手毬唄自身もリカにとっては悪魔であり、リカを突き動かしたと思う。この原作に関しては別に後日、記事にする。

何が言いたいかというと、この市川版では、監督の真意は私には当然不明だが、その核とした部分、監督が描こうと重視した部分がやはり『愛』であり、その強さを原作以上に私は強烈に感じとれる。

リカの夫への愛、里子への愛、そして磯川警部のリカへの愛、それを非常につよく表現しようとしたのでないか・・・。そして、私自身、繰り返すが『愛』が満ちていると感じる。

しかし、私は原作を読むまでリカの里子への愛のその非常な深さ、見立て殺人の根っこの動機がここにあるとまでは市川版からは深く読み取れなかった。
やはり表面上の、うわべだけのリカの愛や、磯川警部のその思いなどを感じとっているにすぎなかったのである。この点は詳しくは後述する。

つまりは市川版を鑑賞した今までの思いで私の中で リカ=悪魔 をどこかで拒絶していた。悪魔のごとき犯行を起こした犯人であるにもかかわらず。
そして、リカの見立て殺人の動機は、腹違いの兄妹達を結婚させることはできないとの思いが最大の動機だと思っていた。しかるに二度目の記事で“タイマーが動きだすかもしれない時限爆弾”との表現を使用した。そして、千恵への犯行は手毬唄を使った以上、3匹のスズメを完成させるしかなく、また、金田一の発言にも
『この手の犯人はえてして几帳面にやりたがるものなんです。』
とあり、このことからもあくまでの数合わせ的な犯行と思っていた。
泰子・文子・千恵にはリカは個人的に恨みや、憎しみはないと。
さらには、千恵を前にしてリカのセリフに、
『私が泰子さんと文子さんを殺めたのはその(縁談)ためですけぇ、歌名雄とはどんなことがあっても結婚させられませんもんなぁ』
との発言、そして泰子の葬式の晩のリカと仁礼嘉平の回想シーン、
『泰子は死んだ、これで歌名雄の嫁はうちの文子に決まった』
との発言、これらから、私は当然、犯行の動機は嫁にできない点であると思いこんでいた。

それは大きな間違いであった。それはきっかけにすぎなかったのである・・・。

つまり私は、二度目の記事の中で子供の頃の初見のイメージを結局は長年引きづり、作品の奥深くを読み取ろうとはせず、初見の感想の確認をするだけだ満足していたにすぎなかった、と記述し、再々考をしたにもかかわらず、一部はその手毬唄自信の悪魔性についてこそ気づいたものの、結局は、長々とたいそうな考察めいたことを記述したが、結局は作品の真の奥は全く見ていなかったのである。非常に恥ずかしいことである。
再々考時も、私は金田一耕助ばかりを見ていた。
謎を解く側ばかりに集中しすぎて鑑賞していたのである。
そして、他の面はその画づらの表面、まさしく表の面だけをみていた。そして、初見のイメージ、リカが不憫で気の毒であると、そして磯川のリカへの愛、そして磯川と金田一の旧友としての再会とその二人の間の何とも言えない信頼感、その交流のあたたかみ、友情、そして別れとその面に気をとられ、そこをみること、確認することで毎回満足していたのである。

リカは結局誰も恨んでいないながら犯行のおよんでいたと、大きな間違いを感じ取っていた。リカがその心情を千恵の前、磯川・金田一の前で告白するのは里子を自ら千恵と間違えて殺めてしまった後であることを全く忘れていたのである。
つまり既に自分の罪の重さを思い知らされ、悪魔ではなくなってしまった犯人、リカの姿をみての感想だったのである・・・。


この悪魔は、たしかに哀しい悪魔である。その犯行の元は愛である。
リカのセリフ、
『心底夫を憎めたらこないなことにはならなんだ。むごい人とはわかっても好きやった。忘れられませんのや・・・。』
夫、青地源治郎への深い、純粋な愛が全ての元なのである。
そして、見立て殺人の最大の動機、それは里子である。
源治郎殺害時に、つよい火に近づいた。

映画の最初の頃、亀の湯の浴場で金田一と放庵が出会うシーンで、
『迷信のたぐいをバカにしちゃいかん。妊み女が強い火の気に近づくと生まれる子に赤痣がつたわるいうがあれは本当じゃ・・・』と放庵が口にする。

リカが20年前に凶行にでた為に、その報いが里子にふりかかった。リカは己の報いとはいえ、里子が不憫であった。そして、同級生として生まれた腹違いの兄妹たちがすべて五体満足に生まれてきている(原作では更に器量よしである)。そして、千恵にいたっては、有名な歌手として脚光を浴びる。里子への不憫な思いがその腹ちがいの兄妹たちへの恨みへと転じていった。根っこは、最大の元はここにある。
これは市川版ではあるシーンにて描いていると私は思う。そのシーン、何度も目にしておきながらそのシーンの真意に私は今日まで気がつかなかったのである・・・。



そして、映画ではいつリカが鬼首村手毬唄を知ったかは描かれていない。しかし、それは放庵が持っていた民間伝承からであることは間違いない。その手毬唄を、その歌詞を知った時、リカは激しい衝撃、旋律を覚えたはずである。
この時に犯行の具体性を頭に描いたのである。
よく、見立ての関連性が弱いや、その意味がないなどとの意見も耳にするが、それは間違いである。この歌詞に、手毬唄のもつその意味、リカには悪魔的要素そのものである。その手毬唄との出会いによって、リカは犯行を具体化させた。つまり手毬唄こそが犯人を触発させた、悪魔にさせた、ある意味での動機そのものともいえるのである。結果、リカが見立てに利用するのだが、そうではない。手毬唄自身がリカを突き動かしたのである。
そこはまさに悪魔の手毬唄である・・・。

しかし、その面だけではない。元には恩田の3人の娘への恨みがあり、リカにしてみれば具体化させる待望の、ある意味待ち望んでいた、いや探し求めていたものであるともいえる。さらには放庵に罪をきせるにも、そして20年前の秘密を知る放庵を消し去るにも都合のいいことこの上ないのである。
まさに悪魔のための手毬唄・・・。

そして歌名雄との縁談が持ち上がる。歌名雄の泰子への想いが強ければ強い程、リカの泰子への怨念も深まったであろう。いよいよ決行の時期が迫る。そして千恵が村へ凱旋してくる。恩田の3人娘が揃う。ここしか犯行の時期はない。
この作品にも偶然の、見えない力がはたらいていた・・・。

ただ、私は前回手毬唄は放庵がリカに知らせる為に民間伝承に掲載させたと記述した。
また、めとろんさんの記事に感動し、手毬唄は放庵の創作である可能性も否定できないとも記述した。だが、この点はやはり可能性としては全くないとはいえない、しかしこれは前回同様、市川版からは放庵の創作であると読み取ることは私にはできない。

そして、放庵がリカにしらせる為に民間伝承に掲載したとの点、これは・・・・。

この市川版では放庵も悪魔的人物に描いている。
20年前、リカに源治郎の一人二役をバラしたのは放庵である。
金田一が磯川警部・立花警部や恩田と関係をもった3人の女性達の前で恩田の正体を明かすシーン。
磯川警部が問う、
『(源治郎の一人二役を)リカさんがそれをしったのは?』
金田一、
『放庵がわざとしゃべった。』
『なんで?』立花警部が問う。
大滝秀次演じる医者がいう、
『それは色と欲だわな、だぶん・・・。』

そしてリカ自身も、
『お庄屋がいうたんです、夫のからくりをバラされたくなかったら自分のいうことをきけと』
と発言している。

そして、放庵は由良と仁礼も恨んでいる。自分の所有していた土地のほとんどを両家に安く
買いたたかれている。

この色と欲にまみれた悪魔の為に、リカは20年前に犯行を、一度悪魔になってしまう・・・。

この20年前の犯行に関しては、ある意味での犯人は放庵である。

しかし、手毬唄の民間伝承への掲載は・・・。原作に関しては違う思いでわたしははっきり感じることがる。しかし市川版では、前回の感想、わざとという点は、今回そこは不明であるという感想に変えざるを得ない・・・・。

そして、この作品での里子の真の存在の大きさ、これにも私は今日まで気がつかなかったことになる。悪魔の報いは過去も、現在も全て里子にふりかかってしまう。そして、里子はある面でリカを悪魔にさせたのだが、リカを正気にも戻させた・・・。悪魔から母に戻したのである、自分の命と引き替えに・・・・。
彼女は気がついていたのであろう、自分のせいで母が悪魔になってしまったことを。故に頭巾を取って素顔をさらす決心をした・・・・。


とにかく、里子不憫さから、恩田の3人娘を恨んでいた犯人。手毬唄との出会いによって再び悪魔になってしまった。そして、歌名雄との縁談、そして千恵の凱旋でその悪魔の所業の決行の時期は決定した。

そこへ磯川の純粋な愛が絡んでくる。金田一耕助の登場である。
彼は磯川によばれて亀の湯へやってくる。そして、悪魔は大胆にも金田一の存在を探偵としりながらも、まぁもう後戻りはできない状況であったのだが、まず金田一耕助に罠をしかける。

磯川警部の愛、それが金田一耕助を鬼首村へ呼んだ。そして金田一は磯川の期待通り、事件の全てを解明した。それは磯川が望んだことでありながら、望んだ結果ではなかった・・・。


そして、この市川版で最初からずっと変わらずに強く、印象的に感じる点がある。
人食い沼の存在である。


青地リカが言う、
「仁礼のだんなさん、言わんでつかぁさいあの沼のことは、思い出すのも耐えられんのですけぇ、あの沼のことは・・・」

タイトルが映し出され、その後、画面に沼が映し出される。

金田一耕助は磯川の到着前に既に事件にまき込まれる。放庵に手紙の代筆を頼まれたのである。しかし、その原因は悪魔のしくんだワナにあった。

続いて沼の畔にたたずむ金田一耕助の画。

この画を見る度、わたしは、金田一は悪魔に導かれてしまったとの思いを強く感じる。

この上記の一文、2度目では

>この画を見る度、わたしは厳密には意味が違うが、金田一は悪魔に呼び込まれてしまったとの思いを強く感じる。

と記述していた。それは悪魔=リカとの思いが私の中で成立できすにいたからである。
しかし、今回この“厳密には意味が違うが”の部分を削除することができた。

事件の調査が進展していくと必ず放庵と恩田幾三にたどりつく。恩田は放庵の住まいの離れを間借りしていた。その放庵の住まいがあるのが沼の畔。
そして、青地リカの言葉、20年前、リカの亭主、青地源治郎が殺害された場所が、その恩田が寝泊まりしていた沼の畔である。

そして、真相が解明され犯人がその身をあずけてしまうのがこの“人食い沼”。
犯人自身、そして犯人のさまざまな感情も、悪魔として存在した自分も、全てはこの沼がのみこんでしまう・・・

犯人が沼から引き上げられた時、歌名雄が犯人の顔をみたいと走ってくる。
慌てて歌名雄を止める磯川、
「いっちゃいかん。」
「放して下さい、殺した奴の顔を見たいんだ。」

金田一が近づいて言う、
「磯川さん、歌名雄君の好きなようにしてあげたらどうでしょうか。」
磯川は驚き金田一を振り返る。その一瞬の隙をついて歌名雄は犯人の死体に走り寄る。

「うそだぁ~!!」

歌名雄を叫び声が沼に響き渡る・・・

金田一耕助の真のやさしさからのセリフ、ここが彼のヒューマニズム、そして現実としての衝撃と哀しみ。
この沼でのシーンは何度鑑賞しても変わらずに大変印象的である。


やはりこの作品においても、怨念が存在し、見立ての必然性もこれ以上ない明確なもので、さらには偶然の重なり、見えない力が存在している。何十回鑑賞しただろう、ここへきてようやくこの作品を変な思いこみなく鑑賞できた気がする・・・。

しかし、一番の思い、印象は変わらない。

見立て連続殺人と20年前の殺人、謎の人物・恩田と謎の老婆、そして“人食い沼”の存在。横溝作品の代名詞ともいえるおどろおどろしい雰囲気を十二分に出しながら、磯川警部との友情を絡め、純粋な『愛』による深い哀しみに全編が包まれている。
そして、純粋な『愛』が満ち溢れている・・・。


それに当然、市川演出が冴える。照明、光と影もすばらしいし、
カッティング、構成もいい。
そして豪華なあのキャスト。画面が贅沢で溢れている。

謎を、深い闇を次第に晴らしてゆく金田一耕助、彼が真相に気がついた時の苦悩、のちにみせる哀しみの表情、そして自分のヒューマニズムを貫く点がたまらない・・・。


磯川警部の、あの何ともいえない表情とセリフがいつまでも目に焼き付き、耳に残る・・・
「金田一さん、犯人は・・・リカさんか・・・」
金田一は無言で、ハッキリと頷く。


そしてあの名ラストシーン。

汽笛が鳴り響くなか金田一が口を開く、

『磯川さん、あなた、リカさん愛してらしたんですね』

磯川は、聞こえなかったのか、

『えっ、何か言いましたか?』

金田一は無言で頭を下げ、去っていく。
総社の駅のホームで・・・。


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一度目の記事の内容に戻った部分もあり、二度目の思いのままの部分もある。そして、当然今回思いを変えた部分が・・・。しかし、ずっと変わらない一つの思い、それはやはり『愛』。

この作品、事件の発端には『愛』がある、純粋な『愛』が・・・。
『愛』深き故に憎しみ深く、哀しみ深い。そしてさらにはその報いが大きなものとなって帰ってくる・・・。

結局、事件を解決したのは金田一耕助であるが、そこには彼を呼び寄せた磯川警部、20年来の想いが、『愛』があった・・・・。




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