北野版「座頭市」の主観ショット、市は見えているのか? (再追記)

北野武監督の「座頭市」。

この作品、鑑賞した方はその思いが別れる重大な点があると思います。
この中の座頭市、目がみえたのか、見えないのか。

今までの概念からすると当然、座頭市は目が見えない。
しかし・・・。

私はこの作品中の主観ショット、座頭市目線で人を斬るシーンがある。この瞬間、私は非常な違和感をおぼえた。目がみえない人物の主観ショット?!

これは・・・。
私はこの段階で正直混乱しました。見えてる訳はない!これはもう固定されていました。しかし市は、まるで見えているように人を斬る。そのイメージなのだろうと、その時は思った。

しかし、終盤。
悪の親玉が、
「見えるのか?」
市、
「そうだよ。このほうが都合がいいんだ。」
このような主旨の発言があった。

そして最後、市はつまづく。その時のセリフがたしか、
「目見開いても、見えないものは見えないだよな。」
たしかこんなセリフ。これはハッキリ言ってどちらでもとれる。
そのままに、見えるフリをしても結局は見えない。そしていくら目が見えても現実には見えないもの、注意しなけれが気がつかないものがある・・・。

途中、市が笑いのとれるシーンではあるが瞼の上の目を書くシーンがある。
これも微妙なシーンである。布石ともとれる。
北野監督の真意は・・・。なにかで明らかなっているのだろうか?私は知らない。

先日、「フライトプラン」の記事について、私がよくお邪魔するオカピーさんのブログ(http://okapi.at.webry.info/200702/article_32.html)で主観ショットと客観ショットについての記述があり私は真っ先にこの「座頭市」の件が頭に浮かんだ。

私的には今の段階では、市は見えていたとの思いであるのだが、私の先輩で映画通の人は市は見えていないと、あの瞼の上に目を書くシーンを見てもそれがわかるだろうと言う。
友人E君は、盲目者こそあのような所でつまづかない、とも言う・・・。
私的には見えたほうが、納得というシーンもあるのだが・・・・。

う~ん、主観ショットと客観ショットが曖昧というか、見えているというイメージなのだろうか?

私にはあの主観ショットがある限り、その他がどうあろうと・・・・、という思いがある。
しかし、ここでオカピーさんの記事がつきささる・・・。
厳密な意味では、オカピーさんの記事とは主旨が違っていると思います。あきらかに主観ショットであります。しかし、私はその内容からズレていてもこのとこが真っ先に頭に浮かんでしまったのです。
う~ん、私は見えていると思うのだが・・・・・。
いや~っ・・・・・。

皆さん、よろしければご意見を是非!


画像


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック

  • 座頭市

    Excerpt: 今更ですが、初めて見ました。すごいよかった~!!久々の5点満点! まず、一番の見所は殺陣のカメラワーク。 目が見えないのにツワモノという非現実的な設定ながら、リアルな緊迫感がすごかった。 あんなに強.. Weblog: まるっと映画話 racked: 2007-02-19 16:55