「八つ墓村」 本筋と側面  それを今一度、考える・・・。  

今一度、「八つ墓村」について、その思いを語ってみる。

私は、ここ最近のうちに「八つ墓村」にていての記事を二つ記述した。



『 「八つ墓村」 本筋と側面 鶴子の深き愛~辰弥、その名の由来 (再追記)』
http://toridestory.at.webry.info/200704/article_10.html


『 「八つ墓村」 本筋と側面 ~竜のあぎとに秘められた愛・・・、辰弥出生の真相・・・。(訂正追記) 』
http://toridestory.at.webry.info/200704/article_12.html


そして、一つめの記事の後半で、本筋が自分の想いと実は違うのではないとかとの思いをのべて、そして原作を読み終えて、その想いを抱えたまま、2つめの記事を記述した。

そして、しばらくして自らの記事を読み返した時に、その想い、つまり本筋がやはり本当は最初の自分の想いの通りで正しいのではないかと思い直し、2つめの記事の最後に、その訂正の想いを追記として記述した。今回は内容的には繰り返しになるがその点について語ってみる。


私は、ひとつ目の記事で、本筋は今、八つ墓村でおこっている連続殺人事件、この謎ときが本筋であると記述した。そして、記事を書きすすめていくうちに、実は本筋はちがうのではないかとの想いが生じてきた。
核は、核とするとことは一貫して同じである。鶴子の深い「愛」。そう、竜のあぎとに秘められた鶴子の深い「愛」、それは亀井陽一への「愛」であり、辰也への「愛」である。これが核である。
すると本筋は・・・、そう、私は核につながる線、その話が本筋ではないのかとの思いこみが生じて来てしまったのである。核と本筋は一緒であるとの想いが・・・。
その為に、この思いこみをいただいたまま、二つめの記事を書き進め、あの内容になった。

鶴子の深い「愛」、竜のあぎとに秘められた深い「愛」、これが核とすると、それから判明する事実、その謎が、つまり辰也出生の秘密が、その謎ときがこれこそが本筋であるとの想いを抱いたのである。
これは、2つめの記事の最後に、訂正の想いを追記したのと繰り返しになるが、「八つ墓村」の構成の複雑さ、そしてその記述形式、つまり多くの重要な側面の存在と辰也の一人称で記述されている点から、私の思いに混乱が生じ、そのまま記述した為であった。

冷静に想い直してみる。

この「八つ墓村」は、辰也が主役であることは揺るぎない。上記の通り、辰也の一人称で、辰也視点で語られている。そう、金田一は脇、側面の人物になる。これが迷いが生じた最大の点なのである。

しかし、今一度、考えてみる・・・。

横溝正史である限り、ミステリーである限り、脇であれ何であれ、探偵が、金田一耕助が登場する以上、本筋は謎ときである。そう、探偵が直接かかわる謎解き、これが本筋となる。

二つ目の記事で、私は八つ墓村連続殺人はこの物語の軸となると記述した。そう、核は鶴子の深き「愛」で、本筋は辰也出生の真相で、八つ墓村連続殺人が軸と記述した。自分でもうまく言葉を使い分けたと思う。そう、この時に自分で本筋はなにか、きちんと記述しているのである。
軸となる話、それが当然本筋なのである。

ここで、これも繰り返しになるが、かつて「悪魔の手毬唄」について書いた記事での自らの文章を思い出してみる。

>横溝正史原作で、金田一耕助が登場するからには本筋は当然ミステリーである。
金田一耕助が深い闇を解明していく。そこが本筋で一番のみどころである。
しかし、横溝作品はただの探偵ものではない、様々な本筋に絡む側面が存在する。金田一が謎を解明すればするほど、その側面が浮き彫りになってくる。そこが横溝作品の奥の深さである。
この原作を理解し、映像化している点では市川版を上回る映像作品はない。
つまり、本筋は謎解きであるが、核は側面にある。


そう、今、起こっている事件、それを金田一が解いていく過程で様々な過去が、周囲の出来事が、つまり様々な側面が解明していくのであり、その側面に核が存在しているのである。


ミステリーとして、今、現在の事件を軸として、それを本筋として、それに絡む重要な複数の側面が存在し、本筋の謎を解くにつれて、その側面の真相が浮き彫りになってくるのである。

再度繰り返しになるが、この「八つ墓村」が、他の横溝作品よりも非常に重要な側面が複数存在し、複雑に絡みあっている為に、そして辰也が主役である為に、私は思い違いをしたまま、記事を書き進めてしまったのである・・・。


そして、ここで余談になるが、この金田一が主役でない点、重要な複数の側面が存在する点から、映像作品などはその核の置き所を、完成度は別にして、変えて描くことが他の作品よりも十分に可能な作品なのである。
それがあの市川版にも・・・、この点はいずれ機会があれば語ってみる・・・。


最後に、私はやはりこう想う。

ミステリーである以上、金田一が登場する以上、八つ墓村の連続殺人が本筋であり、辰也出生の真相は最も重要な側面であり、そこに、その側面に、核がある。そう、鶴子の、竜のあぎとに秘められた鶴子の深き「愛」、これが核なのである。



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  • 映画評「八つ墓村」(1977年版)

    Excerpt: ☆☆☆(6点/10点満点中) 1977年日本映画 監督・野村芳太郎 ネタバレあり Weblog: プロフェッサー・オカピーの部屋[別館] racked: 2014-09-14 20:46