邦画の力を痛感・・・・。 評価される「おとうと」

山田洋次監督の「おとうと」が評判がよく、そして評価されてきたようである。


やはり、この手の作品を外人が評価するのではなく、日本人が鑑賞して、評価をしなくてはいけない。
とくに今のような時代は。

この手の作品を素直な目で鑑賞でき、評価できることが大切であると思う。


そう、映画とは、決して、いや、断じて芸術などというわけのわからないものではない。

そう、映画とは、娯楽。

それ以外のなにものでもないのだから。

そう、娯楽だからこそ私は深く映画を愛し、鑑賞できるのです。

芸術なんてみようとも、愛そうとも、いや、愛することなどとてもできない・・・・・・。

映画をへたに高尚なものにしようとすることに私は耐えられない。
大衆の、一般大衆の娯楽、庶民の、われわれのものだからこそ、それだから深く、深く愛せるのです、映画を。







映画としてのキャスト、その影響力。

そして、ある種の日本人の心をくすぐるツボ、ノスタルジーと過去の作品、かつての名作に対するリスペクトの念、映画人としての熱い想いにあふれた、そして邦画の力を、圧倒的に痛感させられた作品であった。


もちろん、説明台詞は映画をダメにする、全てを台詞で説明するようなことはあってはならない。
が、台詞の重要性というものをはき違えてはいけない。

もちろん、北野作品や市川準のように台詞のすくない、画でみせる映画、それも当然いい。
どちらかというとそれが私の好みでもある。


だが、

効果的な台詞、登場人物のはく台詞、その会話とはその心を知る非常に大切なものである。
画の行間を読み取る力というものは映像解読には必要だが、台詞をかみしめ、その吐かせる意味を考えることも映画を知る上では、その作品を理解する上では重要なのである。


この「おとうと」、


まあ、わからない人は・・・・・・・。





やはり、私がよくおじゃまするブログのオカピーさんが言われるように、山田洋次は、山田作品は日本の至宝である。







あっ、余談だが、日本アカデミー、作品賞も「剣岳」に取らせてやりたかった・・・・・・・。
私の中で、スクリーンでみる意味を、

久々に、


“これが映画かっ”


と想わせる作品だった・・・・。



















ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック