「Dolls」  愛とは狂気である・・・・・。 

本日、北野武監督の「Dolls」を鑑賞した。



やはり、映画とは夢の世界へつれていってくれる娯楽であり、そして、やはり、芸術などというわけのわからないものではなく、物事を本質を見事に描いている事実ではない真実であると強く感じた。



愛とは、切なく、美しく、残酷で、盲目な狂気である。




想いの強さ、それは暴力かもしれない。だが、それは美しい。

 
 残酷なまでに美しい。



優しさ、いや、愛と暴力とは対である。




赤が、その鮮血のような赤が、
 目に、鮮烈なまでに美しい・・・・・・・・・・。



武作品で、赤をこれほど強烈に感じるとは・・・・・・・・・。



全てではないが、私が鑑賞したこれまでの武作品は、サーフィンは別にして、どこか受動的な印象をうける。
主人公が迷走している様。その中で、対峙した状況のその瞬間瞬間で自身で行動する。
それが衝撃となる。その心の爆発を、あのキタノブルーがうまく中和し、あのよく言われれる静謐感を、安定感を生んでいる。

「ソナチネ」しかり、「hanabi」しかり、「BROTHER」しかり、「TAKESHI’S」、「アウトレイジ」、そして「座頭市」にさえもそれは感じる。


まあ、ジャンルが違うのであたりまだが、この作品は意志があまりに強い。
はたには迷走しているかのように見えるが、実は違う。
そこには深い想いがある。
それがあのキタノブルーを必要としなかったのであろう。

その一途なまでの極限の想いがあの赤にこめられている。







愛とは、切ないほどに激しく一途で、燃え上がるほど儚く、残酷で美しい。

しかし、燃え尽きるのは一瞬だが、
表面とは別に、その想いは永遠である。
その永遠を保つものとは・・・・・・・


これは現実を離れた真実である。


つまり、日常が常に現実的であるとはかぎらない・・・・・。



まさに夢。


究極の娯楽作をみた。









あえて言おう、日常とは、何気ない想いとは、芸術よりも芸術的である。
 故に芸術などというものは、その深い強い想いには、日常には絶対に勝てないのである。


それが所詮、芸術などという、私にいわせれば訳のわからないものの限界なのである。


  

映画はそんな芸術なんかでは、絶対にない。

そこには夢がある。
そして、それが美となる。




これほどまでに、感性に響いてくる映像が、つまり、画とストーリーと展開があっただろうか。
あまりにも、同調しすぎている・・・・・・・。

日常にある非現実的で、素直な瞬間的な禁断のその感性に・・・。



サーフィンの映画依頼のまた違った衝撃である。


北野武、恐るべし・・・・・・。



もはや、批判という戯言は滑稽でしかない。






2時間、夢の中にはりりこみ、娯楽の神髄を味わった・・・・。










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