探偵の魅力とは・・・・  東野圭吾って本格ミステリー・・・?

今、テレビで放映された劇場版コナンをみた。

そして、最近「相棒」をよくみる。

つい最近もDVDで「相棒劇場版Ⅱ」を鑑賞した。



好きなのだが、どうも青臭い。

コナンの考え、杉下右京の融通の利かない、官房長にいわせると、青臭い正義感。

キャラとしてはいいのだが、個人的には・・・・。


まあ、右京は警察官なのでまだいいが、探偵としてのコナンの思想は・・・・・




探偵は、所詮警察官ではない。



まあ、所詮高校生のガキの設定なのでいいのかもしれないが・・・・・





どうもあの青臭い正義感といのか、真実はひつつという愚かな思想がどうも・・・・




ひとの心は多面体なのである。

正義とはどの面からみても絶対なのだろうか・・・・

事実が真実なのだろうか・・・・・・

そして、その真実ははたしてひとつか・・・・

ものごとには裏と表があり、それは表裏一体の場合が・・・・




物語として、物語の主人公として、私は金田一耕助以上に魅力を感じる探偵はいない・・・・・・






探偵は必ずしも犯人を逮捕する必要はない。

謎をとけばよいのである。


それは犯行の事実だけを、表面だけを暴くのではない、心の動き、見えない力、そう、事件の奥底。
そして、犯人みずからに委ねる、探偵としてのスタンス、それはハードボイルドであり、優しさでもある。

それが彼の事件の解決なのである。

そこに私はとてつもなく、しびれてしまう・・・・・・・



私は特に、短編「悪魔の降誕祭」のラストが大好きである。











※文章能力というか、表現力、語彙、
 う~んとくに、やはり描写能力が横溝正史あたりを読むと、最近の作家はどうも・・・・・

 文体は古くさいが、格段に文章事態が、その描写力が、頭に想像される情報力が昔の作家のが格段に上であると感じる。
 

 東野圭吾は好きだが、私の個人的な意見としては、彼は人情ものというか、決して本格ミステリーでなない。

 作品にもよるが、私にいわせると、「新参者」「赤い指」は完全に人情ものである。
 「さまよう刃」も「容疑者X」も、殺人が絡むが、完全に人の心、想い、情の話である。
 つまり、どれも殺人を絡めた人情もので決してミステリーではない。

 金田一も、情や業、愛の話だが、それは、あくまでも奥底の表裏一体となった裏の本質で、
まあ、
要は、きちんとミステリーしているのである。



まあ、私に言わせればで、理解できない方はそれまで・・・・・・・。
 
 

 「名探偵の掟」などを読むとわかるが、ネタとして笑いにしているが、それは表面だけ。
 ひょっとしたら、自身が一番その点をわかっているからあえて書いたように私は感じる。

 そう、今一度言う、
 東野圭吾は決して本格ミステリーではない。
 

 横山秀夫あたりも好きだが、あれも、本格とか以前に、ミステリーか?・・・・・・・・






やはり、「悪魔の降誕祭」や「八つ墓村」、そして「悪魔の手毬唄」

このあたりを読むと横溝正史の凄さを思い知らされ、旋律が走る・・・・・・・・


そう、「降誕祭」のラスト、金田一の台詞と行動、
    「手毬唄」の犯人の最期、つまり行動描写のラスト、あの描き方は秀逸である。
    
    そして「八つ墓村」あの多治見辰也主観の描写と、様々な要因の絡め方、
    所謂本筋と側面、
    何故“辰也”という名前なのか、
    そして、繰り返される歴史の執拗、

    まさに本格ミステリーの醍醐味。


あれぞ、ミステリーなのである。










そして、

 私は、青臭い正義感には反吐が出、拒絶反応が起きるが、

  金田一の真相心理を理解した、真の事件の解決を導いた者だけが抱く、いや、真の解決者にだけ許されるあの   真実、それを理解した上でのあの判断、
    それに私は涙せずにはいられない。

     そう、それこそが、ハードボイルドであり、真の、真実の優しさのである・・・・・・・・。


これは理解出来る者にしか理解できない・・・・・・




そう、私はあの優しさに感動し、溢れ出す涙を抑えることができない。
これが真の感動というのであろう・・・・・・









この記事へのトラックバック